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 ふと、ネジを締めていた手が止まる。何か違和感をおぼえた。 作業台から部品を持ち上げ、近くで見つめる。締め終わったネジの頭が四分の一ほど欠けていた。由衣は手元にある緊急停止ボタンを押してベルトを止めた。 少し離れて作業をしていた配給係が振り返る。由衣が事務室を指すと、男性社員は事務室に向かって駆けて行った。   「何かありましたか?」  すぐに現場主任がやってきて声をかけた。 「近藤さん、どうしました?」  聞かれて、なんと説明していいかわからず、由衣は部品を主任の方に突き出し、ネジを指差した。 「ああ、不備品ですね。あずかります」  主任は由衣の手から部品を受け取り、事務所に戻っていった。 ほうっと息をつく。 その時になって初めて気づいた。皆の視線が由衣に集まっている。 真っ赤になって顔を伏せた。ベルトコンベアが運転を再開し、工員はそれぞれの仕事に戻った。  終業後のロッカールームでも、由衣は皆に見られているような気がして身を縮めていた。 小さく小さくなって消えてしまいたかった。どうしてあの時、報告ボタンを押してしまったんだろう。 欠けたネジなんか見ないフリをしていたら、こんな気分を味わわずに済んだのに。 ロッカーの扉の陰に隠れるようにして着替えていた由衣の背中に、バンと衝撃が走った。 頭をぶつけそうになり、びっくりして振り向くと、中年の同僚が笑顔で立っていた。 「あんた、今日お手柄だったね。えらいえらい」  そう言うともう一度、バンと由衣の背中を叩いて出口に向かう。由衣はぽかんと口を開けて彼女の後ろ姿を見ていた。 ドアを開けて出ていこうとしているところへ、思わず大きな声で呼びかけた。 「あの!」  同僚が振り返って由衣を見る。急に辺りがしんと静まった。ロッカールーム中の視線を浴びているのを感じて由衣は真っ赤になる。俯きそうになるのを、手をぎゅっと握りしめてこらえ、叫んだ。 「ありがとうございます! あたし、明日もがんばります!」  同僚はにっこり笑うと、手を振って出て行った。ロッカールームにざわめきが戻る。 由衣はしばらく真っ赤な顔のまま動けずにいた。 手はブルブルと震えていたが、口元が自然と笑みを作るのは止められなかった。  ベルトコンベアで流れてくる機械の、決まったところに決まったネジを取り付ける。一本一本ネジを見つめて、一回一回数えながら回す。 集中しているはずなのに、次第に頭はネジと違う方へ向かって行く。 無我の境地と似ているが違う。頭はクリアだ。 由衣はネジを見つめ、決まった回数をきっちりと回し終えた。  玄関に立った姉が微笑み、由衣を見つめている。いや、見つめているのは由衣だろうか。その人は右手を高く掲げ、はるか頭上を指す。そこには何かよく知ったものがあるのに未だ遠すぎて見ることができない。 ドアが開く。姉が出ていく。 頭上から眩しい光がさして、すべてが真っ白になった。
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