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光の世界
目を開けた。
そこはとても暖かく、明るい光に満ち溢れ、それでいてしんとした空気に包まれた、厳かな空間。見渡す限りうっすらと水の膜の張った白い地面と、薄青く抜けるような空、流れていく真っ白な雲。風が吹く度に輝く水面が、きらきらと光って美しい。
この身体さえも呑み込まれていきそうな程、静かで、清らかな空間。
「――――」
何の音もしない空間の中、声が聞こえた気がして、はっとそちらを振り返る。聞き慣れた、耳に優しい声。目に入った声の主はやはり、見慣れた人物。
「――――!」
声を張り上げて彼の名を呼ぶ。ひんやりとした水の膜に素足を浸し、こちらを見ながら立っている彼は、いつもと同じ白いワイシャツにジーンズというラフな出で立ち。何故か少しだけ困ったような顔でこちらを見て、微笑んでいた。
「――――」
彼は何かを言ったようだけれど、聞き取れない。口が動くのが見えたから、何かを喋ったことだけは分かったのだけれど。
もう一度言って。
そう、声を張り上げる。いつも明るく、お日様のように笑っていた彼の、珍しい、困ったような表情の訳を聞きたくて。
「――――」
彼はもう一度、何かを呟いた。もう一度、困ったような顔で笑う。困ったような、苦みを交えたような、そんな顔で俯いた。まるで曇り空のような笑み。けれど。
ふいに彼はこちらを真っ直ぐに見て、その表情を明るくした。ぱあっと、まるで雲の切れ間から、光が差し込んだような、彼らしい、明るい笑み。
待って。そっちに行くから。
相変わらず聞こえない声に、また声を張り上げる。ひんやりとした水を蹴りながら、一歩一歩彼の方へと進んだ。ゆっくり、ゆっくり。
と、唐突に後ろから、強い風が吹き抜けた。髪が乱れて視界を妨げ、慌てて目を閉じてその場に立ち止まる。
「――――」
不意にぽつりと、すぐ耳の傍で聞こえた彼の声。はっとして目を開け、そちらを振り返った。
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