光芒

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 三十をようやく過ぎた鍵谷は、顎に薄らと生えた髭を無意識に撫でていた。夕刻である。江戸、北町奉行所の廻り方同心の職務を父親から受け継いで、もう六年になる。もともと利発な方で、もめ事や事件に直面した際には、若手らしくない落ち着いた、合理的な判断を下すことで同僚からの信頼を得てきた。  そんな鍵谷は渋い顔を浮かべ、既に山の向こうへ沈んだ太陽の西日を背にし、見廻りから戻ってきた。表情が明るくないのは、最近追いかけている人物の尻尾が、未だに掴めない事への苛立ちからきている。  門の脇に立つ小者に一声かけ、奉行所に入ろうとしたときだ。 「鍵谷さま、お待ちくだせえ」  声は、日頃から使っている目明かしの一人、水飴の矢蔵という男のものだった。 「どうした、そんなに慌てて」  走ってくる矢蔵を振り返り、数歩そちらに寄った。矢蔵は息を切らし、両手を膝についている。ようやく顔を上げると、皺の目立つ顔に切迫した色を浮かべ、 「分かったんでさあ、悪党の親玉が」 「なに!」  あまりの驚きに、不意に帯に差した十手に手が伸びかけた。 「確かか、それは?」 「奴の手下だって野郎から聞き出しました。間違いありません」 「よし、落ち着いて話を聞こう。お前も、喉が渇いているだろう」 「恐れ入ります」  二人は、それから近くの蕎麦屋〔いけだや〕の二階の一室に入った。辺りはもう薄闇が広がっていて、行灯の光がいやに煌々と輝いている。
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