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わたしはずっと前から、誰にも言えない恋をしている。その人には、恋人が居るのに……。
「どうぞ席にお掛けください」
これは、お仕事だもの。そう自分に言い聞かせる。そして笑顔で対応するけれど、胸の奥がチクリと痛んだ。
今日も二人は一緒に居る。病院の待合室で、仲良く椅子に並んで腰掛けて。女は意地悪く、わたしに微笑みかけた。
……気にしすぎ、なのかな?
女は、わたしに聞こえるよう大きな声でデートの予定をたてたり、人が居るのも気にせず、手を繋いだりする。本当、イヤな女。
今日なんて……。
「大倉さんって、誰かいい人居るのかな?」ですって。
わたしの気持ちも、知らないで……。
家に帰り、一人になると考えてしまう。あの人は今、誰を思っているのかな?
例えば一人で過ごす時間。こんな時、ほんの一瞬だけでも、わたしを思ってくれたら……。
最近、ぼんやりすることが多くなった。
女は聞く。「大丈夫?」と。
わたしはただ、大丈夫だよと答えるだけ。
だって女は、何も知らないから。
ある日。
コツコツと足音立てて。
来た……!!
あの人が今、わたしの、目の前に居る……。
どうしよう?
何を話せば良い?
目の前に居るあの人に、どんな言葉をかければ良いのだろう?
「あの……」
あの人は、少しだけ照れたように、わたしから目をそらした。その仕草に、わたしの胸は、はち切れんばかりに高鳴る。
わたしは堪えきれなくなり「何でしょう?」と聞き返した。
「実は……」
あの人が言葉を紡ぐ。その瞬間、仄かな期待は泡となって消えていった。
「結婚することになりました」
……ああ、やっぱり。
「おめでとうございます」
わかっていたのに。この想いが叶わない事なんて。……わたし、上手に笑えているかな?
「本当に!? おめでとう!!」
隣の女が答えた。あっけらかんと。何にも考えず。何にも知らずに……。
(さようなら。わたしの恋)
わたしは、言えなかった言葉をのみ込んだ。冷たい冬の空気を飲み込むように。
帰り道、隣に並ぶ女が言う。
「大倉さんは、素敵な人だもん。相手の男の人は、幸せ者だね?」
女は、屈託の無い笑みを浮かべている。
そうだね。そう、思いたいな。
「……わたしも、ね……?」
「うん? 何か言った?」
わたしの冷たい態度に、女は目の前に差し出した左手をサッと後ろに隠す。
「ううん。なんでも、ない……」
女の言いたい事はわかったけれど。わたしはわざと、気付かないふりをした。
だって……。
『結婚しよう』なんて言葉。今のわたしには、言えないから。
わたしは寂しさを埋めるためだけに、隣を歩く女の……恋人の手を強く握りしめた。
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