不都合な真実

1/1
前へ
/1ページ
次へ
わたしはずっと前から、誰にも言えない恋をしている。その人には、恋人が居るのに……。 「どうぞ席にお掛けください」 これは、お仕事だもの。そう自分に言い聞かせる。そして笑顔で対応するけれど、胸の奥がチクリと痛んだ。 今日も二人は一緒に居る。病院の待合室で、仲良く椅子に並んで腰掛けて。女は意地悪く、わたしに微笑みかけた。 ……気にしすぎ、なのかな? 女は、わたしに聞こえるよう大きな声でデートの予定をたてたり、人が居るのも気にせず、手を繋いだりする。本当、イヤな女。 今日なんて……。 「大倉さんって、誰かいい人居るのかな?」ですって。 わたしの気持ちも、知らないで……。 家に帰り、一人になると考えてしまう。あの人は今、誰を思っているのかな? 例えば一人で過ごす時間。こんな時、ほんの一瞬だけでも、わたしを思ってくれたら……。 最近、ぼんやりすることが多くなった。 女は聞く。「大丈夫?」と。 わたしはただ、大丈夫だよと答えるだけ。 だって女は、何も知らないから。 ある日。 コツコツと足音立てて。 来た……!! あの人が今、わたしの、目の前に居る……。 どうしよう? 何を話せば良い? 目の前に居るあの人に、どんな言葉をかければ良いのだろう? 「あの……」 あの人は、少しだけ照れたように、わたしから目をそらした。その仕草に、わたしの胸は、はち切れんばかりに高鳴る。 わたしは堪えきれなくなり「何でしょう?」と聞き返した。 「実は……」 あの人が言葉を(つむ)ぐ。その瞬間、仄かな期待は泡となって消えていった。 「結婚することになりました」 ……ああ、やっぱり。 「おめでとうございます」 わかっていたのに。この想いが叶わない事なんて。……わたし、上手に笑えているかな? 「本当に!? おめでとう!!」 隣の女が答えた。あっけらかんと。(なん)にも考えず。何にも知らずに……。 (さようなら。わたしの恋) わたしは、言えなかった言葉をのみ込んだ。冷たい冬の空気を飲み込むように。 帰り道、隣に並ぶ女が言う。 「大倉さんは、素敵な人だもん。相手の男の人は、幸せ者だね?」 女は、屈託の無い笑みを浮かべている。 そうだね。そう、思いたいな。 「……わたしも、ね……?」 「うん? 何か言った?」 わたしの冷たい態度に、女は目の前に差し出した左手をサッと後ろに隠す。 「ううん。なんでも、ない……」 女の言いたい事はわかったけれど。わたしはわざと、気付かないふりをした。 だって……。 『結婚しよう』なんて言葉。今のわたしには、言えないから。 わたしは寂しさを埋めるためだけに、隣を歩く女の……恋人(かのじょ)の手を強く握りしめた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加