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片付けを終えて、教室へ戻る途中に声をかけられた。
「遠藤」
振り返ると石垣くんがいて、私は自然と笑顔になる。
長かった準備期間の中で一番一緒にいたのは彼だった。今では隣を歩くこともあたり前のようになっている。
「これあげる」
手渡されたのは、サイダーのペットボトルだった。
「え、いいの?」
「飲み物販売してたクラスから余りを貰ったんだ」
「そっか。ありがとう」
ちょうど喉が渇いていたので、貰えるのはすごく嬉しい。サイダーを頬に当てると、ひんやりとして気持ちよかった。九月とはいえ、まだ蒸し暑い。
「そこでちょっと休憩しない?」
あとはシャツに着替えて帰るだけだったので、少しだけふたりで中庭のベンチで休憩をすることにした。
夕焼け色に染まる空が寂しさを誘う。毎日文化祭のことを考えて、作業して、話し合って、ひとつずつ形にしていった。けれど、もうあの日々が終わってしまう。
石垣くんともこうして話すことはなくなってしまうかもしれない。そう考えると、胸の奥がざわついた。
「楽しかったな」
夕日が石垣くんの輪郭をなぞる。緩やかな風が吹くと、彼の前髪が持ち上がって澄んだ瞳がはっきりと見えた。
「私、」
言いかけて口を噤む。誤魔化すように「私も楽しかった」と返すと、石垣くんは嬉しそうに微笑んだ。
————私、もっと石垣くんと一緒にいたい。
言えなかった思いを流し込むようにサイダーを飲む。しゅわしゅわとして甘いサイダーが、口の中いっぱいに広がった。
「遠藤とこうやって話せるようになれてよかった」
秘密の共有者の私たちは、少しだけ特別な友達。
私も石垣くんも赤でもなく青でもない、黄色の部分をもっている。それはこれからも消えない色。大事にしていきたい色。
だけど、私は自分の中に芽生え始めた想いに気づいてしまった。
「遠藤は努力家で勉強とかコツコツとしていく作業が好きで、人とうまくやっているように見えるけど、言いたいこと我慢してて、案外すぐ泣くし」
「え、ちょ……いきなりなに!」
「怒るとカバン投げるし」
「それは一度しかやったことないってば!」
突然私について話し出したのでおもしろがっているのかと顔を見ると、石垣くんは真剣な表情を私に向けている。
「関わるようになるまで知らないことばかりだったけど」
先ほどまでの和やかな空気とは違ったものを感じて息を飲んだ。一体なにをつたえるつもりなのだろうと、言葉の続きを待つ。
「俺は遠藤が赤でも青でも、惹かれていたと思う」
「え……」
「意味、伝わってる?」
それは私と彼にしかわからない告白だった。嬉しさと気恥ずかしさが胸の奥に優しく広がり、自然と口角が上がっていく。
私も同じ気持ちだった。
石垣くんが赤でも青でも、きっと惹かれていたのだと思う。
「あのね、石垣くん。私————」
いつのまにか特別な存在になっていた彼に、私なりの想いを口にする。
これは心の中に黄色を持っている私たちふたりの始まりの話。
完
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