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何度も声を張り上げて宣伝を繰り返していると、ひとり、ふたりと足を止めて並んでくれる。いつのまにか五人くらい並んでくれて、それを見た人たちがまた足を止めてくれた。
「これってあの富士宮?」
「ほら、あの看板に歴代一位って書いてある」
私の看板や屋台横のPOPを見てくれた人たちが、毎年人気のやきそばだと気づいてくれたようで並んでくれた。
だんだんとわかってきた。お客さんたちは、マップをあまり見ていない。マップには一応毎年人気のやきそばと書いてあるけれど、それよりも屋台の姿を見て今まで判断していたみたいだった。だからいくら紙に書いても、あまり効果がなかったのだ。
イメージが大事なのだと痛感する。佐々倉くんの言っていた通り、歴史を築いてきたイメージは大事だったのだ。でも沖島さんや外観グループの人たちが作ったこの屋台で、私たちのカラーで売れるんだって証明したい。
学校内に人が増えていき周囲が騒がしくなっていく。けれど負けないくらいの声を張って宣伝をする。
ひとりでも多くの人たちに食べてもらいたい。美味しいって思ってもらいたい。
「遠藤さん、キャベツが少なくなってきた!」
キャベツの消費が思ったよりも早いようだった。まばらだったお客さんは行列を作っており、作る人たちも大忙しだ。手を止める暇もなく、作業を進めている。
「家庭科室にいるグループに伝えて!」
「わかった!」
屋台の中で作業している人たちからの指示を聞いて、私はすぐに携帯電話を取り出す。新鮮なものを提供するために今もキャベツを家庭科室で切っている担当の人に連絡を入れて、追加のキャベツをお願いした。
「ちょっと来て、遠藤」
石垣くんに呼ばれて人の間を縫っていくと、三十代くらいの女性がいた。どうやら近所のリピーターの方らしく、味に関しての話があるみたいだった。
「なんかちょっと……濃いんだよね」
「えっと、ソースですか?」
レシピ通りの分量で何度も味見をしたはずだけれど、去年とは味が違うそうだ。リピーターのお客様の満足度が低くなると、来年に響いてしまうかもしれない。
「うーん、ソースはいいと思うんだけど。なんだろう」
「もしかして、削り粉ですかね」
石垣くんの言葉に女性が目を丸くして、それだ!と声を上げた。
「削り粉の味がきついんだ。これ、何気に味が付いてて少なくて十分なのよね」
女性が持っている焼きそばをみると、確かに結構削り粉がかかっている。けれど、まだ確定ではない。
「あの、少しだけお時間いいですか?」
「え? 大丈夫だけど……」
「新しいもの持ってきます!」
急いで屋台に行って、出来立ての焼きそばをひとパック受け取る。削り粉にことを聞いてみると、スプーン二杯分かけているみたいだ。それを一杯に減らしたものを再び女性に持って行く。
「すみません、ひとくち食べてみていただいてもいいですか?」
「ええ、いただきます」
削り粉を一杯分の焼きそばを食べた女性は、満足そうに頷いてくれた。
「これがちょうどいいわ。いつもと同じね」
「ありがとうございます! みんなに報告してきます」
「ここの学生さんは毎年熱心でいいわね。今年も頑張ってね」
女性にお礼をして、急いで屋台にいる人たちに削り粉の量を伝える。リピーターの人から、いつもと同じ味だと言ってもらえたのでこれで味は大丈夫そうだ。
「味の件、よかったな」
「うん。石垣くんも教えてくれてありがとう。助かった」
どうやら石垣くんが自ら、リピーターの人に声をかけて味を聞いてくれたらしい。それであの女性は正直に味が濃いと教えてくれたそうだ。まだ午前中なので、今の段階で聞けてよかった。
「悪い、電話入った。ちょっと言ってくる」
石垣くんと別れて、行列のできている焼きそばの屋台の整列を促す。どうしても列が乱れてしまうため、他の屋台の迷惑にならないようにこまめに列を見て、気をつけなければいけない。
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