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夕方に近づき、文化祭はラストスパートに突入した。文化祭自体の終了は夕方の四時。私たちの目標の完売まであともう少し。
お客さんも少しずつ減ってきてしまった。けれど、家に持って帰って食べる予定の近所の人たちも多く、たくさん買って帰ってくれた。
それぞれの屋台で目標の食数が異なるとはいえ、周りの屋台がどんどん完売していく。喜んでいる他のクラスの生徒たちを尻目に、私たちは少し焦り始めていた。
あと三食。たった三食だけれど売れない。
このくらいいいかと、諦めて屋台をたたむべきなのかと迷っていると、他のクラスの女子が買いに来てくれた。
「やきそば、ひとつください」
「ありがとうございます!」
一食分のやきそばをパックに詰めて、手渡すと嬉しそうに笑ってくれた。
「まだ残っててよかった! 食べてみたかったんだけど、お店のシフト入ってて買いに来れなかったんだ」
妥協して閉めなくてよかった。もしもさっき閉めると判断してしまっていたら、彼女のこの笑顔を見ることはできなかったはずだ。
残りは二食。お客さんも減っていて、立ち止まってくれる人もいなくなってしまった。帰り際になると、重た目の食べ物を求める人は減るみたいだ。
「ひとつ、くれよ」
「え……?」
プラカードを持って立っていた私の目の前に、青いTシャツを着た男子生徒が立っていた。
まさか彼が買いに来てくれるとは思っていなかったので言葉を失う。
「もう完売?」
「……ううん、あるよ」
「じゃあ、ひとつ売って」
一食分をパックに詰めてくれた爽南が心配してくれたけれど、大丈夫と返す。悪意があるようには見えないし、今更なにかをしてくるようには思えなかった。
「ありがとう、央介」
完成したやきそばを彼に手渡す。央介は私の姿を見て、一言ポツリと洩らした。
「変わったな」
外見のことと中身のこと両方を言っているのだろう。央介にとってどんな思いで言っているのかはわからないけれど、私は今の自分を気に入っている。
「これが今の私だよ」
「……俺が髪の毛明るくさせて巻かせてたんだよな」
あの別れ以来の会話だったけれど、央介は少しだけ丸くなった気がする。
央介に好かれたくて、髪の毛を明るくして巻いていた私はもういない。次に央介と話をしたら、私はどんな気持ちになるんだろうって何度か考えたことがある。
「似合ってる」
その一言と、お金だけ私に手渡すと、央介はやきそばを持って去っていく。
今はもう寂しくなんてない。胸も痛むことはないし、思い出としてあの日々を振り返ることができている。私の心はちゃんと過去にできているみたいだ。
残りは一食。これは難しいかと思ったけれど、最後のお客さんが屋台にやってきた。
「すっげー腹へってんだけど」
「え、先生?」
「俺の分、まだ残ってるか?」
ボサボサの髪にヨレたジャージ姿の、高井戸先生。どうやらお昼を食べ損ねたので、買いに来てくれたそうだ。
「え……てことは?」
「完売!?」
「やったー!」
高井戸先生に最後の一食を手渡して、無事に私たちは目標数を売り切った。完売した喜びにクラスメイトたちが声を上げてはしゃいだ。泣いている人や笑っている人、抱き合っている人たちもいる。
「おつかれ」
終わったのだと、静かに嬉しさをかみしめていると、石垣くんに声をかけられた。すると、どんどんクラスの人たちが集まってくる。
「おつかれ、リーダー!」
「最後まで頑張ってくれて、よかった! 煙大作戦すごい効果だった!」
「遠藤さん、本当にありがとう!」
感謝したいのは私の方で、頑張ってくれたのはみんなだ。それなのにたくさんの笑顔とあたたかい言葉をもらえて、視界が涙で滲んでいく。
「わ、私…………みんなにとっていいリーダーになれたかな」
助けてもらってばかりで、ひとりではできないことがたくさんあった。今ここに立っていられるのは、クラスの人たちのおかげだ。
「まあ、支えたくなるリーダーだったな」
佐々倉くんの言葉によってどっと笑いが起こる。沖島さんも確かにと言って笑いながら、泣いている私の頭を軽く撫でてくれた。
「遠藤さんがリーダーでよかったよ」
これ以上ないって思うくらい幸せな空間だった。大事な人達ができて、その人たちに必要としてもらえていた。一緒に頑張ることができた。
最後まで駆け抜けることができてよかった。このクラスになれて、リーダーにしてもらえて、本当によかった。
この日々を私は忘れない。きっと宝物のように何度も思いだす。
嬉しさと達成感と、終わったことへのほんのちょっとの寂しさが入り交じりながら、私たちの文化祭が幕を閉じた。
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