光(仮)

5/8
前へ
/8ページ
次へ
 私はある日、教室の隅で目覚めた。  傍らには、少しだけ先に目覚めたというヨウイチと名乗る男。私の名前はマキらしい。  記憶にない学校の教室で、置かれていた一台のパソコン。  ネットには繋がっていなかったけど、使い方は分かる。入っていたのはただ一つの動画。過去映像(ムービー)。  私たちはコールド・スリープという技術で眠らされていて、人類は滅びたのだと説明された。  自然や建物がそのまま残っていることから、核戦争ではなく細菌? 原因はハッキリと語られなかったが、生き残ったのは私とヨウイチの二人らしい。  ここは小さな村。案内図が出され、『月山』の案内もあった。  なんでも月からの届きものが落ちた伝説があるのだとか。だから『月山』。安直な名前。 「生き残ったのは僕らだけだ。頑張って生きて行こう」  とヨウイチは励ましてくれたし、私も過去の記憶がないので彼を頼ることにした。  食べるものは畑や学校、スーパーなどに缶詰などが貯蔵されていて、餓死することはなかった。  学校に通う必要もないけれど(生徒も教師もいないし)ただじっとしてもいられない。  なんとなく習慣で、いつもの制服に袖を通す。  私が目覚めた時、制服を着ていた。私とヨウイチが同い年かは分からない。 「ヨウイチは何か覚えてる?」  と訊いたけど、彼も首を横にふるばかりで、この事態については何の手がかりもなかった。  だから私は、自分がどうしてコールド・スリープされていたのか。自分の本名も年齢も過去も何も知らない。  ただ、自分が高校生だったかもという想いから、こうして教室の隅で座っていることで、何かを思い出すかもしれない。  私は教室の隅で、窓の外を眺め、何かの手がかりを求めて、村を歩くヨウイチ。それが私たちの日常。    それからも、私たちは何度か"町"に行くことを検討したが、トンネルの先が安全とは限らないので、踏み出せずにいた。 「"町"には僕らの求めるものなんて、何もないよ」  まるでイソップ童話の『すっぱい葡萄』。だけど今の生活に不満もなく、仮に町に出て、生きている人たちがいたから。新しい車があったから。高層ビルがあったから。  ──だから何? という気持ちは否定できない。今の世界と生活に不自由はしていない。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加