僕らは溢れる想いを保存している

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 放課後、後輩のユカが押しかけてきた。 「先輩、写真撮ってきたんで暗室貸してください!」  目の前の席に座って屈託のない笑顔で言う。 「お前、フィルムカメラなんか持ってたの?」 「えへへ、中古のジャンク買っちゃいました」  コダックのパトローネを指で摘みながらドヤ顔で言う。  その仕草は、かわいいんだけど。 「ちゃんと撮れたか分かんないんで、写真部の暗室、貸してくださいよ」  部員でもないのに、当たり前の顔で言いやがる。 「人にモノを頼む態度じゃねえぞ。現像液だってタダじゃねえんだから」 「いいじゃないですか、先輩しか部員いないんだし、あたし現像とか分かんないんだもん。今度チューしてあげますから」 「しなくていいし、フィルムの現像だけなら暗室なんかいらねーよ」  突き放すように言って席を立つと、うな垂れるようにしょんぼりしている。 「引き伸ばしまでやるんなら時間かかるんだから早くしろ。あと、僕にチューしたいなら今にしてくれ」  声を掛けるとパッと顔を上げ、満面の笑顔で首を横に振った。 「今はヤです。チューはもっと大人になってからがいいです」  結局、無理やり《今度チュー》の約束をさせられ、暗室を貸すことになった。  現像したフィルムでベタ焼きを作ったらけっこうよく撮れている。  撮影した人の気持ちが伝わってくる、ユカの人柄がよく分かる写真だった。  センスあるな、こいつ。  素直にそのまま言うと、真っ赤になって後ずさる。 「いくら褒めても、今チューはないですからね!」  セーフライトの光の下で、現像液に浮かぶ印画紙にゆっくりと画像が浮かんでくる。 「なんか、写真ってスゴイですね?」  ふと、ユカが感心したように言う。 「見えるってのは、光の反射が目に入ってるわけですよね? 光がなきゃ始まらないし、反射って現象がなければ何も見えないじゃないですか?」  言いたいことが上手く言葉にならなかったのだろう。  彼女の指がもどかしげに動いている。 「えーと、どう言ったらいいんだろうな」 「……世界は光に溢れてる?」  彼女の写真を見ながら思いついた言葉を何気なく言ったら、我が意を得たりと言わんばかりに大きく頷く。 「そう、それ! それなんですよ! 世界には絶え間なく光が溢れ続けて無くなり続けているのに、カメラはそれを中に閉じこめちゃうんですよ。すごいですよね。私たち、溢れる光を保存してるんですよ」  まくし立てるように言った後で、両手をブンブン振り回し、 「すごい、伝わるとは思わなかった」  キラキラした目で僕を見つめる。 「なんだか今チューしてもいい気がしてきました」   「やめておこう。僕らはまだ大人じゃない」  真面目な顔で僕が答えると、彼女も大真面目に頷いた。  集中して現像液から印画紙を引き上げる最後の数秒のタイミングを計っていたら、突然室内に閃光が走った。  何事かと振り返ればカメラを手にしたユカがドヤ顔で僕を見ていた。 「……おめえ、暗室の中でストロボ焚くとかバカじゃねえの? 印画紙真っ黒じゃねえか。どうすんだよ」 「だって今、先輩、すごいカッコよかったんで、つい……」           □  僕たちの仲は良かったけれど、高校を卒業したら自然と疎遠になってしまった。  人づてに、本格的に写真を始めて彼氏も作らず頑張っている、と聞いた。    数年後。寒い冬の日に手紙が届いた。  ――あの時の写真が出てきたから贈ります。ちゃんと自分で印画紙に焼いたんですよ。あの時はすごくカッコよく見えたのですが、いま見るとそうでもないですね。  撮影者の気持ちがよく伝わってくる、いい写真だった。  彼女の目には、僕はこんな風に見えていたのか。  …………照れるぞ、おい。  ――追伸 少し大人になりました。今度チューしに行きます。
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