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「寒空の 夜道に男 一人だけ」。こんな一句が思い浮かんだが余計に寒さを感じただけだった。「酒、買えばよかったな…。」ぼそりと呟く。手にはもう冷え始めてるコンビニ弁当。今年に働き始めてから酒を飲む量が増えた。明らかに精神面からきただろという風邪も引くようになった。学生の頃は、大人ぐらいにお金がもらえれば自分の好き放題できると思ってたけど。変わったのは高めのコンビニ弁当の値段を気にしなくなったぐらいだろうか。浮いた話の一つもない。「はぁ…。」考えれば考えるほどため息が出る。自然とうつむいてしまう。辛いな、でも頑張らないと、そう思い顔をあげた。
蛍光灯が歩いてる?ギョッとする。丸い蛍光灯が、時折点滅しながらゆったり近づいてくる。本当にびっくりしたとき人間は声は出ないみたいだ。体がギョッとしたまま動かない。丸い蛍光灯が近づき、その正体がぼんやり姿を現した。丸い蛍光灯のしたには、白い服に長い銀髪の女の子、そして…羽?
「幸”せ”に”な”り”ま”せ”ん”か”ぁ”〜」泣きそうな顔で女の子が近寄ってくる。これはやばい人だ。そう判断した自分はダッシュで自分の家に向かうことにした。幸い家はもう見えている距離だ。陸上のスタートのように走り出した。女の子の横をさっそうと走り抜ける。「あ、怪しいものじゃないんです!」後ろで声が聞こえたが無視。走りながら鍵をすぐ取り出せるようにカバンを手元に寄せ、チャックを開ける。鍵さえ出せればこっちの勝ちだ。最初のダッシュで十分距離は離れた。「お願いします!話を聞いてください〜!!」聞くわけないぞと思いながら、ん?と違和感を感じた。やけに女の子の声が近い。まさかあの不審者の女の子は足が早いんだろうか、と思いちらっと後ろを振り向いた。「私は天使なんです!!」女の子の顔と自分の顔の間はわずか数十センチ。目と目があう。明らかに女の子は背中の羽で飛んでいた。やっぱり本当に驚くと声は出ない。声の代わりに、自分は人生で初めて腰を抜かした。
「家に入れてくれてありがとうございます!」「はあ、どうも…。」自分は物理的に浮いてる女の子の前で腰を抜かしたあと、呆然としたまま女の子の「このままじゃ寒いし、腰を抜かして部屋に入るのも大変なのを手伝いますから、話を聞いてください!」という提案をのんだ。腰は痛いが普通に動けるくらいには回復した。しかし、女の子の見た目をまじまじと見ると中高生って感じだが、顔といいスタイルといい、ロングの銀髪といい、整いすぎてて不気味なぐらいだ。背中の翼も、頭の上の時々点滅する輪っかも、現実感がない彼女にはもはや似合ってると感じる。天使なんているわけ…と頭の中でそう言う声があがるが、飛んでいたこと、翼や謎の輪っか、そういう否定できないものをむざむざと見せつけられてしまった。「本当に天使…?」「はい!その、話聞いてもらっていいですか?」「い、いいけど。」嬉しそうな顔をして、正座のまま女の子は喋り出した。「実は困っていまして。」そう言うと、彼女は自分の頭の上の輪っかを指差した。「これ、天使のリングっていうんですけど、点滅してるのわかりますか?このリングの光が消えちゃうと天界に帰らないといけなくなるんです。」「帰ると困るの?」「か、帰りたくないんです。色々と理由が…。」女の子は少し罰が悪そうな顔をした。「とにかく、このリングは誰かを幸せにすると充電されて光るようになってます!だからあなたを幸せにさせてください!」「はぁ!?」意味がわからない。「あなたが幸福を感じてくれれば私はまだ現世に居られるんです!お願いです幸せになってください!」「どうやってだよ!?そんな簡単になれるか!」思わずつっこんだ。一方、女の子はうーんと考えてから思いついたように、買っていたひえひえの弁当が入ったコンビニの袋を指差した。「コンビニ弁当より手料理の方が幸せ感じれますよ!スープとかもつけてあげます!スープ作る材料くらいありますよね!」いうなり、その弁当を持って台所に突っ込んでいった。そんなんで幸せ感じれるか?と思ったが、確かに手料理を全然食べなくなってしまった自分にとって、誰かが自分のために作ってくれる料理というのは久々で幸せは感じれるかもしれない。
女の子が狭い台所で翼をぶつけながら料理すること、15分ほど。自分の目の前に料理が差し出された。といっても、弁当をお皿に移し替えただけのと、スープが作られたくらい。「どうぞ!食べてください!」ニッコリと女の子は微笑んだ。美女と言える女の子の手料理が食べれるのは、確かに幸せかも。そう思い、弁当のメインのとんかつを口に入れた瞬間なんとも言えない風味とえぐみが広がった。まずい。本当にまずい。「まずい!なにこのソース!?」びっくりして声が荒ぶる。女の子もびっくりしながら「お、美味しいかなと思って色々混ぜました。」と答えた。まさかと思いスープも口に入れるとまずかった。どうやったらこんな不味さが生み出せるのかわからない。「まずい…。」思わず口に出る。がっくりとうなだれた自分を見て、女の子は怯えている。「し、幸せになれましたか?」「なれるか!」「ごめんなさい〜!!」天使のリングはさっきより点滅が激しくなっていた。まさに切れかけの蛍光灯といったところ。女の子は泣きそうな顔になりながら話しだした。「私今までも全然幸せにすることができなかったんです。このままじゃ帰るしか無くなります。」「お金くれれば幸せになれるかも。」ちょっと期待していってみる。「ダメなんです。私が幸せにしないと…。」だめか、残念…。「なんでそんなに帰りたくないの?別に悪いところとかじゃないんだろ?天界って言うくらいだし。」「うぅ…。」答えにくそうにしている。すると突然堰が切れたように泣き出した。「ちょ、ごめん大丈夫…」女の子の泣き顔にびっくりして、わたわたしていると。「Garlishの美良ちゃんのライブが見れるまで帰りたくないんです!!!」女の子はものすごい泣き顔で、ものすごい叫んだ。「天界に帰ったら推しが見れなくなります!そんなの考えられないんです!!」女の子はびゃーびゃー泣きながら訴えている。天使らしさはどこにいってしまったのか。本日3度目のびっくりである。「…美良ちゃん推しなのか?」「?はい。」自分は襖に手をかけガッと開く。敷き詰められたものを見て、女の子は目を見開いた。「美良ちゃんグッズ!!!それも、レアものがいっぱい!!」「そうだ!俺も美良ちゃん推しだ!!」思わず手をにぎり合う。同志として。その後美良ちゃんについて語り合った。どのライブの美良ちゃんが好きか。一番好きな曲はどれか。推しについての思いをぶつけあった。
「ありがとうございました。最後に美良ちゃんについて語りあえてよかったです。天界に帰っても推しを応援します。」ぐずぐず泣きながら女の子は言った。「いや、大丈夫じゃない?」天使のリングを指差した。「え?あれ!?点滅してません!!」女の子の表情は嬉しさで爆発してる感じだ。「ずっと誰にも話せず隠していたことを、こんなに清々しく語り合えたのは嬉しかったし幸せだったんだ。こちらこそありがとう。」「うわぁ!やったぁぁ!!ライブ動画見せてくださいぃぃ!!!」
ちなみにこの後死ぬほど美良ちゃんの動画見たが、見ている時の女の子は全然天使ではなかったことを報告しておく。
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