駅のカフェテリア

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駅のカフェテリア

 今年のクリスマスは祝日のないまま平日にイブを迎えた。冬休みに入って容赦ない冬季講習の日程を迎えている。体調管理が大事と言いながら無理矢理なスケジュールに体力勝負の運動部をしていて良かったと思う。  待ち合わせで予備校の最寄り駅のカフェテリアに来ている。窓際のカウンターから見える空は黒く、明る過ぎるロータリーに人の波が絶えない。カフェテリアの店内は、人の声もBGMもエアコンも熱量があって長居できる感じがしない。  ガラス窓に近づく人影がある。にこにこしながら俺の顔をガラス越しに覗き見る。制服にコート、学生バッグを脇に抱えている。  だから、その、  胸の前でハートマーク作るポーズ取るのやめて欲しい。ポーズのバリエーションも要らない。両隣りに座っている客がガチ見してるし、俺の顔まで見てくるし、ロータリーからこっち向かってる人達がこっち見てるし……。  エマがしつこいので、スマホで撮影し始めるとそれに気がついて慌てて店内に入ってくる。  狭い店内行き交う人を避けながらエマが席まで来た。 「タイチセンパイ、さっきの動画消してください。恥ずかしいから」 「恥ずかしいの基準がおかしい」  俺のスマホに手を伸ばすエマを制する。 「あんまり時間ないから、ここで何か飲んでゆっくりするか、北口のイルミネーション観に行くぐらいしか出来ないんだけど、それでも良い? 」  出来ればこの店から出たい。年末にクリスマスにと、店内は混んでいて二人分の席を確保するのが厳しい。それと……恥ずかしい。 「センパイ、それってデートですか? 」  ……ブッハッ!  隣の席の人がエマの言葉にコーヒーを噴いた。噎せらせてしまい、エマが「大丈夫ですか」と、タオルやらウエットティッシュやらをカバンから次々と出していく。マネージャーとしては優秀。ただただ迷惑。  迷惑をかけた人に二人で詫び、カフェテリアから北口のイルミネーションに向かった。ベタ過ぎる。  LEDが普及して年々イルミネーションが派手だ。ステンドグラスを意識した回廊、サンタやトナカイのオブジェがインスタ映えを狙っている。 「タイチセンパイ、写真撮ろ」 「はいはい」  エマに何度か自撮りに巻き込まれて撮られてきたけど、それっきり一枚も受け取ってない。この写真も送ってこなかったらどうしようと不安になってきた。  スマホのアルバムを確認して、エマが踏ん切りをつけるような素振りを見せた。明るいテンションの時が要注意だ。 「もう時間ですよね? 」 「待て」  エマがピクッと固まる。 「逃げ癖、ホント止めて」  肩をすくませているのを悟られないようにエマが笑顔を作るけど、バレバレだ。この勢いでさっさと帰るつもりだ。俺はエマの片方の肘を手に包んで、距離を寄せた。一息吐いて、エマに問いかけた。 「エマの、好きとか嫌いとかそういう彼氏に、俺はなれない? 」  この間の昇降口の時みたいに、瞼を瞬いて顔半分がマフラーに沈んでいく。小動物が巣に潜り込もうとしてるみたいで、その仕草はかわいいと思うけど、それじゃ困る。 「エマを好きにならないなんて無理だったし」  彼ピ歴が長くて「好きだ」「付き合って」が真っ直ぐ出てこない。上手く言えるヤツがいたら教えを請いたい。  俺はコートのポッケから小さな紙バッグを取り出し、エマの手のひらに乗せた。エマの顔から緊張が抜けてキョトンとする。 「マフラーのお返し。ゆっくり選んでる暇無かったから、定番過ぎるけど」 「ありがとう……」  短い時間のデートが、今までの短い時間の連続に慣れ過ぎてとても長い時間に感じる。 「駅まで送るよ」と、エマを駅に誘導しようとすると、ホッとしたような顔と躊躇う顔をする。エマは、仕掛けるだけ仕掛けて、自分がされる側になると気が弱くなるみたいだ。  しばらくはこの状態を繰り返せるなら、それを続けたい。今までの時間を取り戻すように自分から。  イルミネーションの余韻を打ち消すような改札口の情景に時間を押され、エマと別れるタイミングになった。 「気をつけろよ。また連絡する」 「うん」  と、言いながらエマが、物憂げな上目遣いで二歩三歩と寄ってくる。 「何? 」少し嫌な予感がする。  エマが首元のマフラーを顎まで下げて、自分の唇に指をチョイチョイと当ててサインを送ってくる。  いきなり高いハードルを掲げられて俺はパニックになり掛けるも、周りの視線にも押され?流れに乗るしか道が無くなる。  ………  エマの潤った柔らかい唇にキスをさせられて、完敗させられる。 「タイチセンパイ、またね♡」  エマはいつもの明るい去り際を見せて、俺を改札口前に置き去りにする。硬直した笑顔の俺は、エマの姿が見えなくなるのを待つと急いで予備校に戻った。  やっぱり恥ずかしいの基準がどうかしてると思う。  予備校に着く頃に、エマとのLINEにアルバムが作成された。過去の二人の写真が次々と追加されて、受講直前まで通知が続いた。  アルバムのタイトルが『彼ピとメモリアル』だった。 end  
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