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結局、美山の好きなタイプを聞き出せなかった俺は、会社の休憩スペースで谷口さんになんと言おうか考えあぐねていた。
前につき合ってた人の事をベラベラ話すわけにいかないし、普通にわからなかった、でいいんだろうか。そんなことを悶々と考えていると、外回りを終えた美山がやってきた。
「今日早いじゃん」
「一件キャンセルになったんだよ。急に出張入ったとか言って。事前に連絡くらい寄越せよなぁ」
「お疲れ様です」
そう言うと美山はふっと微笑んだ。きっとこの笑顔で何人もの女子、だけじゃなく男も虜にしてきたのだろう。
「最近、谷口さんと仲いいね」
美山は言いながら、自販機のボタンを押す。紙コップが落ちてきてコーヒーが注がれていく。俺はこれを見るのが好きで、自分で買うときも出来上がりを見届けないと気が済まない。美山の隣にしゃがんで、注がれていくコーヒーを見ながら「普通だろ」と答えた。
美山が自販機からコーヒーを取り出す。
「ヤジはさぁ、谷口さんの事好きなの?」
「は!?なんだよ、突然」
俺はポケットから財布を取り出し、自販機に小銭を入れる。
「別に普通だよ」
美山はへぇ、と気のない返事をしてからコーヒーを一口飲んだ。
ボタンを押すと音を立てて紙コップが落ちてくる。3つならんだランプが満タンになったら出来上がりだ。透明の扉を開けて、コーヒーの入ったコップを取り出す。ほかほかで暖かい。
「ヤジってやっぱ子供だな」
頭上から降ってくる言葉に反応して、顔を上げると、いたずらっぽく微笑む美山と目があった。
そんな風に言われたらすごく腹が立つはずなのに、俺はなんでか嬉しい。どんなことであれ、美山が笑ってくれると俺は嬉しいのだ。
「この前も言ってたけど、俺ってそんなガキみてぇ?」
腰を伸ばし、美山の隣に並んで壁にもたれる。コーヒーを啜りながら、頭一個小さい美山の横顔を覗き込むと、その顔は割りと真剣に考えているように見える。
「んー、ガキっていうか……。純粋?」
思いがけない言葉にむせる。コーヒーが気管に入って苦しい。ゴホゴホと咳き込んでいると、美山は焦ったように続けた。
「い、いや、まて、今のちょっと違う。間違えた」
そう言ってぐるりと背を向けたものの、ほんのりと染まった耳は隠せない。クールぶってるいつもの美山とは違う一面が見れてなんだか嬉しい。
「笑うなよ!今の間違いだから!全然思ってねーから!!」
「はいはい」
目の端に溜まった涙を拭きながら、なおも照れた様子の美山を見つめる。
「……なんだよ」
俺は、やっぱり美山が好きだ。何てことのない会話のひとつひとつが楽しくてしょうがない。笑った顔も怒った顔も困った顔も、だから俺は見過ごせない。ただ、泣いてる時だけは可哀想で見ていられないから、俺のそばでは笑っていて欲しい。
美山に話しかけようと口を開きかけた次の瞬間、突然ピリリリと単調な電子音が鳴った。
美山は内ポケットからスマホを取り出した。スマホカバーからそれが社内用ではなく、美山本人のスマホだとわかる。
「出ねぇの?」
「今はいい」
スマホはその後も熱心に鳴り続けていたが、しばらくすると止み、今度は何度も短い着信音が聞こえてくるようになった。
「緊急なんじゃねぇの。無視していいのか――」
「いいから!」
俺の言葉をさえぎるようにして美山は怒鳴った。美山が大きな声を出すことなんて滅多にない。これが初めてかもしれないくらいだ。
「ごめん。ほんとなんでもないから。気にすんな」
そういってスマホの電源を切ってしまう。
「気にすんだろ」
「ただの迷惑メールだって。最近なんでか多くてさ」
そう言って足早にその場を後にする。美山が言いたくないなら聞かないけど、俺を心配させたくないからっていうだけなら無理やりにでも聞き出すのに。どこまで踏み込んでいいのかわからない。あの日、拒否された事が根深く俺の心を締めつけている。
『男なら誰でもいいってわけじゃない。』
あの言葉がじわじわと内側から侵食するみたいに広がっていく。お前じゃダメだ、と言われた気がして。見えない壁が俺と美山を塞いでいる。
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