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 次の日、聞きたいことが山ほどあるのに美山は朝から外回りらしく会社に姿が見えなかった。戻るのは夕方過ぎらしい。話があるとメールをして帰りを待つことにした。  お昼は食堂じゃなく、外に出た。昨日の今日で、谷口さんと面と向かって顔を合わせるのがすこし気まずかったのもあるし、ちょっと気分転換もしたかった。  食事を終えて会社に戻ると、入り口の前で辺りをキョロキョロと伺う挙動不審な人物を見つけた。ポロシャツにスラックスと見たところ普通の男だが、あまりにも動きが怪しい。スーツ姿ならまだしも、私服なのが余計に目立った。 「あの、何か用ですか?」  後ろから声をかけると、男は素っ頓狂な声を出して驚いた。 「あ、いや、すんません。用っつーか……。あ、ここの方ですか?」 「そうですけど」 「ほんなら、美山透って中におるかわかります?」 「美山の知り合いですか?」 「まぁ、その、そんなもんです」  関西訛りの男は、終始焦ったような素振りで話をする。かなり怪しい。もしかして美山のストーカーか何かじゃないだろうか。 「で、透は?」 「今日は朝から外に出てます。良かったら言付けましょうか?」 「渡したいものがあっただけなんで。また来ますわ」  男はそう言うと、くるりと踵を返して去っていった。渡したいものがあると言いながら、手ぶらでいるのが気になった。今朝出したメールに美山からの返信はなかったが、あの男の件は伝えておこう。俺は美山にもう一度メールをしてから会社に戻った。  夕方、美山が帰ってくる頃を見計らってエントランスへ降りると、受付の方が騒がしい。覗いてみると後輩の沢崎と受付の子らが何やら話をしているようだった。 「どうした?」 「あ、矢城さん。なんか表に変なやついるんですよぉ」 「怖いから沢崎さんに見てきてって言ってるのに行ってくれないんです」  受付の二人は批難の目で沢崎を睨みつける。 「だって〜!なんかぶつぶつ言ってて見るからに怪しいんですよぉ。超こえ〜」  そう言って、沢崎は玄関口を指差しながら俺にしがみついてくる。 「警備さんは?」 「それがビルの裏で不審火があったとかで、みんなそっちに行っちゃってるんです」  受付の子が長い髪を片手で弄びながら、さも不満げに話す。 「物騒だな。それならちょっと見てくるか」 「さっすが矢城さん!頼りになるぅ」  沢崎はこういう時だけ調子がいい。受付の子たちもそれを十分わかっているらしく、呆れた顔をしていた。  玄関口から外に出て辺りを見回してみるが、特別怪しそうなやつの姿はない。裏で不審火があったというし、見回りしていた警備員が見つけたのかも知れない。そう判断して中に入ろうと足を踏み出した時だった。背後から美山の名前を叫ぶ男の声が聞こえた。その切羽詰まった声色に嫌な予感がして、声がする方へ走り出した。  駆けつけてみると、昼間見かけた男と美山が向かい合っていた。男の方が背を向けているので表情はわからないが、美山の顔は恐怖からなのか引き攣っているように見える。  その異常な様子に声をかけようとした瞬間、男が美山に向かって両手を振りかざした。その手にはアイスピックのような物が握られていた。 「やめろ!おい!」  自分でも驚くほど反射的に体が動き出していた。青春時代の全てを野球に捧げてきただけの事はある。後ろから覆い被さるようにして男を取り押さえると、カランと乾いた音を立てて凶器がこぼれ落ちた。 「……ヤジ」  消え入りそうな声で美山が俺の名前を呼んだ。 「美山!早く誰か呼んで来い!」  美山は俺と目を合わせたまま動こうとしない。いや、腰が抜けて動けないのかも知れなかった。 「美山!」  もう一度美山の名前を叫ぶと、今度はずっと黙っていた男がその口を開いた。 「全部喋るで。俺達のこと」  威勢はいいが体が震えている。 「透と俺がつき合ってたこと、洗いざらいぶちまけたる!」  男は美山に向かって苦し紛れの脅しをかける。美山は思いつめた表情で男を見ている。 「お前が俺にどないなことしたんか、全部言うてやるからな!」 「おい、お前マジで黙れよ……」  羽交い締めにしたまま、腕の力をこめると男は痛い痛い、と騒ぎ出した。 「なぁ、美山。こんなやつの言う事、聞かなくていい。誰になんて言われようと俺が守る」 「なんや、自分も同類か。俺を捨てたんはこいつとつき合うためか、透!」  男は俺の手から逃れようと体を大きく揺さぶった。 「離せや!畜生!人のモン横取りしやがって!正義のヒーロー気取りか、ボケが!」 「お前いい加減に」 「ヤジ、離してあげて」  美山の声は驚くほど冷静で、俺も男も一瞬動きを止めた。その隙をつかれ、男が逃げ出す。追いかけようと走り出した瞬間、美山に腕を掴まれた。 「……また来るかも知んねぇぞ」 「もう来ないよ。あんなことするような人じゃないんだ」 「あのな、実際今してただろ!」 「そうさせちゃったのは俺だよ」  美山の声があまりにも悲しげで、俺は何も言えなくなってしまう。そんなんじゃない、元からそういうやつだったんだ、目を覚ませ、と言ってやりたかった。でも思いつめた表情の美山を見ていると、そんなことは言えなかった。 「矢城さん!美山さん!大丈夫ですかぁ!」  沢崎が声を上げながら走り寄ってくる。その後ろから受付の二人も付いてきていた。 「お前なぁ、見てたなら来いよ」 「いや、なんか、行っていいのか悪いのかわからない雰囲気だったんで……」  沢崎は頬をポリポリ掻きながら苦笑いした。話の内容を聞いていたのか、それともただの言い訳なのかはわかりかねた。 「大丈夫ですか?なんなんですか?あいつ」 「美山さんを妬んで、とか?心当たりあるんですか?」  受付嬢の二人はきゃあきゃあと騒ぎ立てながら美山を質問攻めにした。 「はいはい。面白がって騒がない。美山、このまま帰るか?」 「いや、まだ仕事残ってるから。終わらせてから帰る」  美山はそう言うなり足早にエレベーターの方へと歩いていった。 「大丈夫ですかね。美山さん」  そう言った沢崎と同様に、他の二人も心配そうな顔で美山の後ろ姿を目で追った。  こんな事があった後も、仕事はきっちりこなすのが美山らしいというか。もっと頼って甘えてくれていいのに、と俺は何もできない自分が悔しかった。恋人になれないのなら、友人としての範囲で美山を守りたい。どんな形であれ、美山を支えてやりたかった。 
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