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「ぶふっ、くくくく……!」
どうやら、いま飛んできた水滴は彼の唾であったらしい。
「くっくっく、いや、失礼しました。しかし勘違いなさらないでください、笑ったのではありません。腹直筋が痙攣しただけです」
たしかにタンクトップ越しでもわかるほど見事に6等分割隆起した腹部は、AEDを受けているかのようにビクンビクンと動いていた。
しかしすごい筋肉だ。露出した肩や腕にもかなりの筋肉がついている。にもかかわらず他のマッチョたちのようにずんぐりした印象を受けないのは、四肢の長さと頭部の小ささのおかげだろう。
その小顔も、どこぞのヘパイストスが精魂かけて作った男性版パンドラである疑惑が極めて局地的に浮上するほど精巧に整っている。
彼はつり気味の目尻を拭うと、柔らかそうな明るい茶髪を後ろにかき上げた手でおもむろに尚太郎の両腕を掴み、「ふんぬっ!」と引き起こした。
反動で前のめった尚太郎の巨体を、彼はその見た目を裏切らぬ膂力でしっかりと抱き支え、
「初めまして、ですよね。本日ご入会の方ですか?」
きらきらした美形スマイルを至近距離で放った。
生まれてこのかたイケてない界でひっそりと息をしてきた尚太郎の心とメガネがピシッと軋む。
つやつや小麦肌の彼に、吹き出物だらけの自分の汚肌を目近で見られていると思うと、羞恥の炎にあぶられて変な汗がどっと出てくる。
「は、はい……」
「そうですか。私はトレーナーの藤です。よろしくお願いします」
「よろしく……」
「ではこちらへどうぞ」
背中に手を添えられ、奥の少し広いスペースへとエスコートされた。
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