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「膝はつま先と同じ方向に曲げてください。つま先より前に出してはいけません」
「い、いや、出ちゃいます」
「骨盤を前傾させつつお尻を後ろに付き出すようにして引けば、膝は出ません」
「あ、本当だ」
「下を向かないでください。腰が曲がって危険です。前を見て」
「はい」
「そう、そのまま沈んで……よし、立ってください」
「うう」
うめきを上げて立ち上がる。棒を担いでしゃがむだけなのに、ものすごくしんどい。藤に言われるままその動作を10回繰り返してシャフトをラックにかけた尚太郎は、へなへなとその場にへたりこんだ。
(やっと終わった……)
「ウエイト増やしますね」
藤はシャフトの両端に小さいプレートを付けた。それにより、ようやくバーベルの形となったものを「さぁ、担いでください」と差し出してくる。
嫌だと言いたい。もう無理だと。
しかし、きらきらした笑顔で「さぁ、」と促されては抗えず、「は、はい……」と受け取ってしまった。肩に乗せたバーベルは、先ほどよりずしりと肉に食い込んでくる。
「シャフトが20kg、その両端に5kgプレートをつけたので計30kgです。このくらいなら楽勝ですよね」
「は、はい」
学生時代、近所に住んでいる足の不自由なおばあさんに頼まれて、放課後毎日おばあさんをおぶってスーパーへ買い物に行っていた。小柄なおばあさんはたしか35kgだった。それより軽いバーベルなら楽勝とは言わないまでも担げはする。
腰を落とし、立ち上がる。また落とす。汗をしたたらせながら10回を数えてラックに戻すと、いつの間にかタンクトップを脱いでまばゆいばかりの上裸をさらしていた藤がにっこりと笑った。
「では次、40kgいきましょうか」
「ううう」
「50kg」
「はううう」
「60kg」
どんどん大きくなっていくプレートに、尚太郎はとうとう涙目になって悲鳴をあげた。
「む、無理ですぅぅぅ!」
「そう言いつつバーベルはまったくぶれてないじゃないですか」
「必死なんですぅぅぅ!」
「本当に必死な人は必死なんて言う余裕すらありませんよ。私が補助しますので大丈夫です。1発でいいからやってみてください」
「ぐぎぎぎ……!」
「できたじゃないですか。1発あげられたら2、3発はいけるはずです。頑張ってください」
(鬼! このひと鬼だ!)
尚太郎は歯をくいしばり、額だけでなく両目と鼻からも透明な体液をしたたらせ、おばあさん1.7人分の重量を担いで3回スクワットした。
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