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「あ、あなたには……」
「はい?」
「あなたにはっ、僕みたいなブタの気持ちはわからないんだ!」
「あなたはブタさんではありませんよ」
「嘘だ! ブタだって思ってるくせに! ……もう嫌だ! 小学校のころからずっとブタ呼ばわりされてっ! 会社の後輩からもバカにされてっ! 女の子たちはことごとく塩対応だしっ! なんだよっ、僕だって痩せたいよっ! 憧れられたいよっ! モテたいよ……っ、」
うっ、うっ、と嗚咽する尚太郎を、藤はまったく表情筋を動かさずに見下ろした。
「あなたは目測で、183cm、150kg、体脂肪率45%です。食用のブタさんの体脂肪率は平均で16%です。ブタさんの2.8倍太っているあなたがご自身をブタさんに例えるなど、ブタさんに大変失礼です。謝りなさいブー」
目測なのに身長と体重をピタリと言い当てられ、尚太郎は驚いた。おそらく体脂肪率も当たっているのだろう。
「太ってることに悲観してばかりで動こうとしない人間の気持ちなんてわかりたくもありませんがブー……」
そこで藤の冷たい口調が温かくなった。
「あなたはここへきた。つまり、変わろうとしている。……踏み出した人間をサポートするのが、私の仕事です」
藤はすっと尚太郎の脇の下に両手を差し入れ、その巨体を「フンッ!」と持ち上げると、唖然とする尚太郎の肩をぽんと叩き、
「前かがみの姿勢では、股間しか見えません。胸を張って顔を上げましょう。視界が変われば世界も変わります」
恥ずかしいセリフだ。だけど堂々と言われると、そのクサさが格好良く思える。
「藤さん……」
そこでパチパチと拍手があがった。いつの間にかマッチョたちが周りに集まっている。
「がんばれ!」
「応援してるぞ!」
「ナイスパンツ!」
「みなさん……」
じん、と胸が熱くなった。他人からこんなに温かい励ましをもらったのは初めてだ。
(マッチョって見た目はいかついけど、心は優しいんだな)
「あ、ありが……」
お礼を言おうとしたとき、空気が変わった。心なしか重力まで増したようだ。
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