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「……ろ、尚太郎、起きろ」 揺すられて、尚太郎はうっすら目を開けた。 (あれ、ここ……僕の部屋じゃない……って、あっ!) 昨夜の記憶が一気に蘇り、がばっと飛び起きる。 「ふ、藤さん、おはようございます!」 「はよ。そろそろ家に帰って荷物取ってこねぇと支度する時間がなくなっちまうぞ」 「あ、はい」 うなずいてベッドから降りると、脱衣所に置いていた昨日の服を手渡された。 スウェットを着た藤は、浄水器の水を飲んでいる。どうやら水抜きタイムは終了したらしい。 (なんか、いつも通りの雰囲気だな……お、おはようのキスとか、したかったけど……) 未練を感じながら着替えを済ませ、「じゃあ、また来ます」と玄関に向かう。 そこで藤に呼び止められた。 「尚太郎、キスしろ」 「えっ、えっ……」 「早く」 尚太郎はぎゅっと目をつぶり、ゆーっくり藤の唇に近づいて、触れるだけのキスをした。それだけで心臓がバクバクする。 真っ赤になった尚太郎を見て、藤はにやりと笑った。 「なに照れてんだよ。昨夜はもっとすごいことしたのに」 「いや、あの、その……」 「くくくっ、ヘアセットするから早めに戻ってこいよ」 「はい、行ってきます」 「いってらっしゃい」 尚太郎はふわふわした気分で駅に向かい、電車に乗った。 (いってらっしゃい、だって……なんだか、新婚さんみたいだ) 裸エプロンの藤がしゃもじと包丁を持って「行ってらっしゃい、あ・な・た(ハート)」とウィンクするところを想像し、思わず隣に座るおじさんを担いでスクワットしたくなったが、捕まって大会に出られなくなっては困るので自重した。 自宅に帰り、新しい服に着替えて、用意していた荷物を持ち、すぐに出る。 父に黙って外泊したのは初めてだったけれど、何も言われなかった。やけにピンク色の空気をまとっていた父を少し怪訝に思ったが、おそらく自分の視界がピンク色だからだろうと納得して藤の家に戻った。 「髪をタイトにすると頭部が小さく見えて、スタイル良く見えるんだ」 すでに自分の準備を済ませた藤は、尚太郎のクセの強い黒髪に強力な整髪ジェルを塗りたくり、オールバックに整えた。 たったそれだけで驚くほど印象が変わった。タイトなヘアスタイルによって鋭い印象が強まった輪郭に、柔和な目元が甘さを加え、絶妙な男の色気が漂っている。 藤は思わず見入って、ぼそっとつぶやいた。 「……おまえ、いい男だな」 「え、なにか言いました?」 「いや、なんでもない。そろそろ行くか」
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