十一

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驚異的なパワーと超人的なスピード、そして天才的なボクシングIQによって美しい容貌を保ったまま世界ミドル級4大タイトルを獲ったあと、WBA5階級制覇を成し遂げたうえ、ボクシングの天下一武闘会とも称されるWBSSでヘビー級王者となった、まさに世界最強、28歳にして『生きる伝説』と呼ばれるボクシング界のスーパーヒーローである。 そんな彼が、海外ビルダー顔負けの筋骨たくましすぎる身体にKフィットネスブランドのシャツと短パンをまとって、マネキンよろしく立っている。 「あいつはKフィットネスの契約アスリートだから、宣伝のために呼ばれたんだろうな。もっとも一生遊んで暮らせる額のファイトマネーを稼いでるあいつにとって、あれは仕事じゃなく父親のためのボランティアなんだろう」 藤はそう言って、マッチョたちが殺到するレジを見やった。 「俺、このシャツ3枚買います!」 「僕は5枚!」 「パーカーとタンクトップくださいっ!」 「リストバンドとキャップも!」 「来宮くんが今はいてる短パン、脱ぎたてで!」 「あ、ずるいぞ! じゃあ俺は来宮くんのパンツ、脱ぎたてで!」 「お、お客様、落ち着いて、列を作ってお並びください! あと来宮選手のパンツは非売品です!」 「……すいません、俺、筋肉酔いしたので、ちょっと休憩します」 「いやぁぁ、来宮くぅぅぅん、行かないデェェ!」 げんなりした表情でこちらへ駆けてくる来宮選手の前に、「来宮選手ぅぅぅ!」新たな肉の壁が立ちはだかった。 「俺の大胸筋にジャブを入れてください!」 「来宮選手! このまえの試合、EMSベルト巻いて観に行きましたっ! めっちゃシビれましたっ!」 「おれっ、大ファンなんです! 来宮選手に憧れてボディビル始めました!」 いや、そこはボクシングだろ。尚太郎が内心でつっこんだとき、厚みのある声がした。 「すみません、こいつ今から休憩なんです。あとでまたブースに立つんで、お話はそのときにしてもらえませんか」 にこやかに歩み寄ってくる太めのおじさんを見たマッチョたちは、血相を変えた。 「うわっ! 吉田会長だ!」 「おい、さがれ! このお方に指一本でも触れれば来宮選手に瞬殺されるぞ!」 波が引くように離れていったマッチョたちに、「人を危険物みたいに……」とつぶやいて、吉田会長は来宮選手の手をとった。 「ほら智典、スタッフルームいくぞ」 「はぁい」 でれっと相好をくずした来宮選手に、藤が声をかける。 「よぉ、相変わらずだな」 「あっ、藤くん。久しぶり」
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