十一

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「なんだよそのリアクション。マイスイートハート藤、って即答しろよ」 「や、やめてくださいよ。お米が鼻腔に入りかけたじゃないですか」 「で、どっちだ。早く答えろ」 「……ま、マイスイートハート藤さん、です」 「よし」 にこっと笑った藤が反則級に可愛くて抱きしめたくなったが、人目があるし恥ずかしいので自重した。 「そろそろ準備しろ」と言われて服を脱ぎ、下に履いていた黒いビルパンに缶バッジをつける。勝負の場に出るための戦闘服としては無防備すぎだが、これでいい。ビルダーにとっての戦闘服は己の肉体だ。 その肉体に、藤がツヤ出しのためにオイルを塗ってくれる。 (もうすぐだ……もうすぐ、始まる) 緊張感がどんどん高まっていく。四肢が小刻みに震え出し、指先の感覚がなくなっていく。 「ふ、藤さん……」 「頼りない顔すんな。勝負の前に心が負けちまったら勝てるもんも勝てなくなるぞ」 「はい……」 「おまえの股間のように堂々としてろ」 「やめてくださいよっ」 「何万人もの男の股間を包んできたビルパンの包容力によって、かろうじて収まってる状態なんだから気を抜くなよ。ステージでこんにちはしたら即座にさようならだからな」 「わかってますよっ」 内股になって股間を押さえて睨む尚太郎の肩を、藤はくくくと笑って叩いた。 「心配すんな、その股間が霞むほど、この肩はでけぇ。背中と脚の形もいい。ステージでも見劣りはしねぇよ」 (藤さん……) 尚太郎は口を引き結んだ。 藤はいつもふざけた言動をするけれど、本当は優しい。これまでも尚太郎のために懇切丁寧に指導してくれた。プライベートな時間を割いてトレーニングにつきあってくれた。おかげで脂肪を脱ぎ捨てて立派な筋肉をまとうことができた。人前に立てるほどの勇気も手に入れた。 ――私なら、君を変えられる あの言葉は、本当だった。 「ステージの上では、ヒーローになれる。行ってこい」 彼の存在が、背中を支えてくれる。 「はい!」
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