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二
「あれ、尚ちゃん、どこに行くの?」
「と、友達の、家……」
「ええっ!? 尚ちゃん、お友達できたのっ!?」
無邪気な少女よろしくぴょんぴょん跳ねる中年男。一般的な概念からすればシュールな絵面だろうが、細身で可愛らしい雰囲気と、なにより見慣れているため違和感は感じない。
「わぁ~わぁ~、よかったねぇ尚ちゃん。よかったねぇ」
涙まで浮かべて喜ぶ父に、尚太郎は嘘だと明かせなくなった。
本当は、先日Kフィットネスジムで知り合ったトレーナーの藤の家に呼ばれただけだ。
それをつい友達と言ってしまったのは、一度言ってみたかったからだろう。
いじめられっぱなしの少年時代に劣等感を育てた尚太郎は、これまで知人どまりの人間関係しか作れなかった。
こうして休日に誰かの家へ行くなんて初めてで、つい浮かれてしまったのだ。
「嬉しいなぁ。今度僕にも紹介してね。あ、そうだ! ちょっと待ってて、手土産にカツサンド作るからっ!」
「い、いいよ父さん。僕、急ぐから」
「えっ……」
父の柔和な目元がぐしゃりと歪んだ。
「尚ちゃんの好物をプレゼントしたら、そのお友達ともっと仲良くなれるかもしれないのに……」
「いや、その……」
「なんで? 僕の料理が嫌なの? だから昨日の夜ごはんのメンチカツも、夜食のから揚げも食べてくれなかったの? 今日の朝ごはんのチキン南蛮だって食べてくれないし。……父さん、悲しいよぉ」
「ご、ごめん、父さん」
父はコアラのアップリケが付いたエプロンの裾で、ぐすんと涙を拭っている。
色褪せた代わりに洗濯しても落ちない揚げ油のシミがついたあのエプロンは、尚太郎が小学5年生のときに家庭科の授業で作ったものだ。病床の母にあげようと一生懸命作ったけれど、完成した当日、母は息を引き取ってしまった。
それから父は、男手ひとつで尚太郎を育ててくれた。長い看病生活でやつれて細くなった身体を奮い立たせ、息子においしいものをいっぱい食べさせて元気な子に育てようと、母の代わりにエプロンをつけて毎日料理を作ってくれた。
もともと大柄で食いしん坊だった尚太郎は、父の愛情こもった油まみれの肉料理によって、縦に大きく、横にはさらに大きく成長した。
「ぐすっ、ぐすん……ごっ、ごめんね尚ちゃん、僕、寂しさからつい感情が昂っちゃって。……わかってるんだよ。尚ちゃんはもう子供じゃない。立派な社会人になった。友達だってできた。僕がお世話する必要はなくなったんだよね」
父はごしごしと目をこすって、えへへと笑った。
「父さん……」
「僕もいい加減子離れしないとね。これからは尚ちゃんを一人前の大人の男として扱うよ。料理も洗濯も掃除も、尚ちゃんのぶんには手を出さない。……でも、困ったときは助けるから遠慮なく言うんだよ」
「うん、わかった。……ありがとう、父さん」
「いってらっしゃい、尚ちゃん」
「行ってきます」
父に見送られてマンションを出た尚太郎は、駅まで歩いて赤い電車に乗り、会社の最寄り駅で降りた。
休日に通勤コースを辿ることに不思議な感覚を覚えつつ、藤から送られてきたメッセージに記してあるURLをタップしてマップアプリを起動し、案内に従って路地に入る。
しばらく歩くと、古いが頑丈そうなマンションの前で案内が終了した。
「ここか」
オートロックのないエントランスを抜け、緊張しながら1階奥のインターホンを押すと、♪ピロリーん、とリリカルな音がした。
『尚太郎キュンが、ログインしたお☆』
「え、え?」
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