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翌日はベッドから起き上がれないほどの筋肉痛に苦しめられたものの、翌々日の月曜には動けるレベルまで回復した。それでも仕事終わりに藤のマンションに向かう足取りはひどく重かったが、藤はプライベートな時間をわざわざ自分のために無償で割いてくれるのだ。ちょっと……いや、だいぶ変わった性格だとしてもプロのトレーナーがそこまでしてくれるのに応じないわけにはいかない。それに、ここまでお膳立てされて投げ出したらもう一生ダイエットできない気がする。 そうして謎行動の多い藤に振り回されながら腕と肩、翌日は胸と背中をいじめて、疲労困憊ながらもさらに脚をいじめるため、尚太郎はこの日も藤のマンションに向かったのだが、 「筋トレにはいろんな種目がある。それらを試して、自分に合ったものを選んで、メニューを組み立てていく。だからメニューは人ぞれぞれ違って当たりまえなんだ。誰かと同じメニューにしても思ったように成長しない。万人に共通の正解なんてない。トレーニーはみんな、試行錯誤して自分だけの正解を探し続けているんだ。だが俺は、おまえのほぼ正解メニューを知っている。なぜならば、俺だからだ!」 ドアを開けたとたんに(まく)し立てられ、なすすべもなく立ち尽くしていると、 「ほら突っ立ってないで早く入れ。大丈夫、怖くない。怖くない」 藤に腕を掴まれ、ぐいぐいと室内へ引きずり入れられた。 「着替えたらまずは基本のスクワットをやるぞ。50kgを8発やって、60kgに上げて5発。それが終わったらブルガリアンスクワット5kgを左右で10回な。普通は3セットやるもんだが、俺のやり方なら1セットで脚が動かなくなるから心配すんな」 (心配しかない……) トレーニングウェアに着替えた尚太郎のどんよりした表情など気にせず、藤はトレーニングベルトとリストラップを手早く尚太郎に装着し、ラックの前に立たせた。やや高い位置に掛かっていたバーベルを尚太郎の肩に担がせ、 「やり方はこのまえ説明したからわかってるだろ」 「は、はい……」 (えっと、骨盤を前傾させつつ腰を後ろに引く。膝はつま先と同じ方向に曲げて、つま先より前には出さない。目線は前……) 教わったことを思い返して、腰を落とし、立ち上がる。それを8発繰り返した。 バーベルをラックに戻してぜぇはぁ喘いでいる尚太郎には構わず、藤はバーベルにプレートを追加する。 「はい、インターバル終わり。さっさと担げ」 尚太郎は涙目でまたバーベルを肩に担いだ。10kgの加重が容赦なくのしかかってくる。このまえは3発でよかったが、今回は5発だ。たかが2発の差、されど2発の差。 「んんんん!」 「フォーカス(集中)! フォーカス!」 「あぁぁっ!」 「きついところでの粘りが筋肉を育てるんだ! ねちっこくいけ!」 「ぐふぁああ!」 「ラスト1発気合入れろ! よし、やっぱ次がラストな! よく頑張った、もう1発!」 「びえぇぇぇぇっ!」 生まれてこのかた出したことのない奇声とともに結局7回バーベルをあげた。 そのあと後ろ足をベンチに乗せて片足だけで沈むブルガリアンスクワットまでやり切った尚太郎は、頭から水をかぶったように汗だくになった。
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