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そんな彼女のまえに、ひとりの男があらわれた。
男は、彼女を見上げ、うれしそうに微笑んだ。
そして、彼女にふれ、ゆっくりともたれかかった。
その重さを彼女はひとり感じていた。
男はゆっくりと、地面に腰をおろした。
彼女からの木漏れ日が、男にきらきらと差し込んでいた。
男は、その光をからだに受けながら、ひとり目を閉じていた。
彼女はそれをじっと見つめていた。
男の重さを、彼女はひとり静かに感じていた。
どれくらいの時間がたっただろうか。きっとそれはほんの数分のことだったけれども、彼女には、今まで生きてきた中でいちばん、長い時間のように感じられた。
男はゆっくりと目を開いた。そして、
「一緒にいよう」
そう彼女に声をかけた。
そして、彼女に向かい、そっと微笑みかけた。
彼女はそれにゆっくりとうなずいた。
風がふたりの間を吹き抜けていく。
男は目を細めると、立ち上がり、彼女にもう
一度だけふれると、彼女のもとから去っていった。
それから次第に彼女のまわりにたくさんの人が訪れるようになった。
人々は彼女を見上げては、美しいと声をもらした。
そんな彼女をいちばん褒め称えたのは、他でもない、あの男であった。
男は、たびたび彼女のものを訪れると、
「今日も美しい」
そんな風に、彼女を褒め称えた。
「山縣さん」
そんな男を呼び止める男がいた。
「この木は、どうしますか?」
その男は、彼女について話している。
「農場を作るとなると、ここにあっては邪魔かもしれません」
「邪魔などとんでもない」
山縣と呼ばれた男は、男にそういった。
「彼女はこの農場のシンボルとなるべきものだ」
そういって、山縣は彼女にそっとふれた。
「ここに立ち続けてもらわなければならない。50年でも100年でも」
「そうですね」
男はそういうと、頭を下げて、山縣のもとを走り去って行った。
向こうでは大人数が、農具を抱え、地面を掘り起こしていた。
「ここを、農場にする」
男はそう彼女に告げた。
「きみには、それをずっと見守っていてほしい」
男のそのことばに、彼女はゆっくりとうなずいた。
そして、その声にこたえるかのように、どんどんと自分の腕を広げていった。
男はそれからも、たびたび現れ、そして毎回必ず、彼女に美しいと声をかけた。
彼女はそのことばに喜び、またどんどんと腕を広げていった。
彼女はぐんぐんと大きくなっていった。
やがて、彼女自身で、彼女の腕が支えられなくないほどになった。
それを見た男は、彼女に支柱を何本かプレゼントした。
彼女の腕は、男から与えられた支柱によって支えられるようになった。
その支柱は大地にしっかりと打ち付けられ、彼女の大きな体をともに支えた。
それにより、彼女はさらに自分の腕を広げることができた。
日は昇り、日は沈む。
多くの作物が彼女のまわりを覆っていった。
そしてそこに訪れる多くの人々が、彼女の存在を目にするようになった。
そして彼女もまた多くの人々を目にした。
人々が彼女のまわりに集まり、彼女はそれがとてもうれしかった。
人々が自分のことを見つめている。
そのことに、たくさんの喜びを感じた。
そして同時彼女は孤独を忘れていった。
しかし、次第に、その人波も姿を消していった。
日は昇り、日は沈む。
幾度日は昇り、そして沈んでいっただろうか。
その間もずっと彼女はひとり、大地に立ち尽くしていた。
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