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第1章第1話『新しい夏』
「入部して来た時から気になってたんだ」
西に僅かに傾きかけた、初夏のまだ柔らかい陽が、校舎裏の非常階段に手すりの影を伸ばし始めた放課後。
教室のゴミを集積所に運んでいた玲子は、居合わせた部活の先輩に呼び止められた。
「突然の話しでビックリするかもしれないけど。もし……もし小笠原に彼氏が居なかったらの話しなんだけど……」
空のゴミ箱を小脇に抱えた鎌倉高校ダンス部副部長、横島祐樹は長身の背を気持ち丸めて玲子に呟いた。
「夏休み。どっかに遊びに行かない?」
確かに突然の提案だったが、玲子にも先輩の言わんとしている事の真意がわからない訳では無い。
「いやほんと。キミみたいな可愛い子。彼氏居ないとは思っちゃいないんだけどさ」
言う横島先輩の表情は何処か照れ臭そうで、玲子に故郷に残して来た彼氏、櫻井克己との出会いのワンシーンを思い起こさせた。
「ごめんなさい……私……」
小声で言い淀む玲子に横島は大きな身振りで言い返した。
「そそ、そーだよな!馬鹿な事聞いた」
両手を振り回した拍子に、横島は脇の下に抱えていたゴミ箱を落してコンクリの地面で乾いた音をたてさせた。
告白を速攻で断っておいて、目の前の横島に悪いと思いながらも、玲子は事の成り行きに頬を綻ばせてしまい、再び克己との去年のあれこれを思い出してしまっていた。
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