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『正宗』
いつものように、
気取らない口調で俺の名前を呼んでほしい。
いつものように、
人懐っこい笑顔で駆け寄ってきてほしい。
でも……もう、
いつものように、幼馴染のままじゃ嫌なんだ。
はぁ……
俺は今日何度目かわからない溜め息を漏らした。
「結局は俺のエゴだよな……」
これ以上進んだら、もう元には戻れない。
俺の一方的な気持ちのせいで、
彼女から"幼馴染み"という存在を奪ってしまう。
俺は、詩乃にもう一度近づくことが、どうしても出来ずにいた。
「あっつ……」
見上げた空は、腹立たしいほどの晴天。
入道雲の切れ間からは、一筋の飛行機雲が、空を割るようにまっすぐに延びている。
まるで、俺達の間にある見えない境界線みたいだ。
「あー…………会いたいな」
今はとにかく、詩乃の笑顔が見たい。
ポツリと呟いた本音は、乾いた風に乗って、あっという間に夏空の向こうへ消えていった。
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