笑顔にしたいのに

5/9

275人が本棚に入れています
本棚に追加
/90ページ
「……詩乃、もう出掛けるの?」 「うん、神社で待ち合わせだから」 「じゃ……そこまで送る」 俺は荷物が入った巾着を横から奪うと、詩乃の返事を待たずに玄関へ足を進めた。 「大丈夫だよ、近いし……」 気まずいから困る、そんなニュアンスの言葉を無視して、俺は玄関の外に出る。 詩乃は、下駄を引っかけて歩きづらそうに俺のあとを追いかけてきた。 「待ってよ正宗」 「おい、走るなよ……転ぶって」 「あっ……!」 段差に躓いて前につんのめりそうになる詩乃を、咄嗟に二の腕を掴んで支えようとする。 その瞬間――― 詩乃の腕が、浴衣越しにビクンと震えた。 あの日の放課後、手を振り払われた感覚が、一瞬フラッシュバックする。 気づいたら俺は、自分から詩乃の手を離していた。
/90ページ

最初のコメントを投稿しよう!

275人が本棚に入れています
本棚に追加