追われ屋

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追われ屋

 いる。いる。私の後方およそ20メートル。つかず離れず、目立たず慌てず。気配を消して人混みに紛れ、充分な距離を保ち、だがその目線は常に私を捉えている。  今回の追跡者は80点といったところか。私を見すぎだ。注がれる視線で背中に穴があきそうだ。  改札口を出てそのまま、人の波に流されていく。別に、どこに向かう訳でもない。約束の時間まで近くのショッピングモールをうろつくも良し、このまま歩き続けるも良し。  ちらりと腕時計に目を落とす。18時24分。あと6分で、本日の仕事は終了。30分を過ぎたら、あとは適当に追跡者を巻くだけだ。  そう、私の仕事は、尾行を引き受けること。つまり依頼人の身代わり。なぜ依頼主である人物が尾行されるのか、理由を根掘り葉掘り聞くことはしないが、追跡者は浮気や素行調査の探偵であることが多い。稀にストーキングされているというケースもある。浮気や犯罪のアリバイ工作とか。危険を伴う仕事なので、それなりに報酬はいただくことにしている。  今回の追跡者も浮気調査の探偵だ。依頼主が勤める会社を、依頼主と同時に出て、依頼主の帰路を辿る。本物は逆方向へ。  依頼を受けたら、その日から依頼主には私と同じ帽子を被ってもらう事にしている。顔立ちを隠す目的であるのはもちろん、髪型の違いからばれないようにする為だ。  ありふれたコートにありふれた中折れ帽。ただ、あまりにもありふれた格好だと、追跡者に見失われてしまう可能性がある。そこで、ひとつだけ、目立つものを身につけるようにしている。大きな鞄であったり、真っ赤な傘であったり。  今回私は、真っ白なマフラーを巻いていた。毛糸ではなくファー。これなら暖かいし、そこそこ目立つ。背格好が依頼主とあまり似ていなくても、目立つものがあれば、そちらに注意を向けることができる。  あと2分。私は歩くことにした。帰宅ラッシュ時だけあって、人は途切れることなく、改札口から面白いように溢れ出てくる。正面の大きな窓ガラスに追跡者の姿を確認し、安心して人の流れに身を任せる。
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