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突然の嵐に襲われた俺たちがその後どうなったかというと、なぜか俺だけが運悪く海に落ちた。
小柄だけれど運動神経は悪くない方だと思っていた。
けれど考えてみればというか考えるまでもなく、さすがに荒波の中を泳ぐことは不可能で、そのまま暗い水の中に飲み込まれた。
うねる波に闇の中へ引きずられ、もがけばもがくほど体は沈んでいく。
恐怖と苦しさに負けて、俺は意識を手放した。
それからどれだけの時間が経過したのかはわからない。
ただ、聞き慣れた潮騒が意識の奥へ届いてきた。
地面の柔らかい感触とすぐそばから聞こえる波の音で、自分のいる場所が砂の上だと認識できた。
空には日が昇っていて、太陽の光が目に痛い。
「大丈夫?」
頭上から声がした。
うっすらとした視界の中で声の主を捜すと、一人の女の子がこちらを覗き込んでいた。
「助けてくれたの?」
ひどくかすれた声が出たけれど、彼女の耳には届いたらしい。
「気が付いたのね」
徐々に意識が覚醒してきて、その子の姿をはっきりととらえる。
太陽の光の下で輝きを放つ長い金色の髪。まだあどけなさの残る繊細な顔立ち。にっこりと笑んだ少女の瞳は、海よりも青く澄んでいて綺麗だった。
「キミ、可愛いね」
自分でもなぜこんなとんちきなことを言ってしまったのかわからないし、相手も虚を突かれたみたいだった。
「いきなりナンパなんて呆れた人! でも、無事なようでよかった」
彼女は安心したように微笑んだ。
俺は更に問いかけようとしたけれど、少女はハッと顔を上げて周囲の様子をうかがった。まるでなにかに対して警戒しているようだ。
耳をすますと、波の音に混ざって砂の上を歩く足音が聞こえてくる。
誰かが近付いてきているのだ。
「っ」
名残惜しそうにこちらを一瞥した後、彼女は身を翻して海に飛び込んだ。
「え?」
突然の行動に驚いて、慌てて身を起こす。
そのとき俺は確かに見た。
彼女の脚が人のそれではなく、魚のような形をしていたことを。
その後、探索に出ていた兵士に助けられて城へ戻ってきた。
あの出来事を信じてくれる人は誰もいない。夢でも見たのだろうと呆れられ、そこで終わった。
それでも確かに、あれは夢でも幻でもなく現実にあった出来事だ。
金色の髪と青い瞳をした人魚。
叶うことならもう一度会いたい。
周りからなんと言われようとこの想いは止められない。
だってまだお礼もしていないから。
まだ、名前も聞いていないから。
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