コーヒーと夜

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その日は今日と同じクリスマスイブで、私は布団にくるまって、窓の外 ───、父がいつも帰ってくる道路の方向を見ていた。 時間はもうとっくに10時を回っていたと思う。9時には布団に入るようにしていたので1時間以上そうしていたのである。 外は真っ暗で、遠くで救急車のサイレンが響いていた。 父は今日も無事に帰って来るだろうか、と不安に思いながら夜の闇にじっと目を凝らした。 私の父は建築の仕事をしていて、朝は日が昇る前に家を出るのに、夜は私達家族が眠りに着いた後にしか帰って来なかった。 だからと言って、その働きに応じた金額を稼いでいたわけではなかった。 当時は、働き方改革どころか、ブラック企業という言葉すら無かった。 父はよく働いていたのに、もらえるお金はほんの少し。 でも、父のように一生懸命に働いていなくても、父よりたくさんのお金をもらっている人もいる。 世の中は不公平で、人生は思い通りにはいかない。 私は、理不尽とか正直者が馬鹿を見るとかそういう言葉を知るよりも先に、そのことを理解していた。 私の下には4歳の妹と産まれたばかりの弟もいて、子ども3人を食べさせていくには、うちは貧しかった。 夕飯はキャベツのスープで、毎日同じだったものだから私はすっかりそのスープの味が嫌いになってしまった。 そのことを伝えると、母はわかりやすく顔を曇らせたのだった。 そんな家庭で育ったからか、私にはクリスマスの思い出なんて無い。 プレゼントをもらったことも、家族全員で揃って食事に出かけたことも、ケーキを食べたことも。
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