13人が本棚に入れています
本棚に追加
《5》
話し合いの後、真田は他の教師からこんな事を耳にする。
「一年A組の犬凪護が、虎崎に投げ飛ばされ意識を失ってるみたいです!!」
「はぁぁあああ!?」
慌てて保健室へ向かう真田。
保健室の扉を開けると、ベッドの上で目を閉じている犬凪と、先程一緒にいた女の子が椅子に座り見守っていた。
「羊沢! 何があった!」
「真田先生ぇ……実は……」
羊沢と呼ばれる少女は、放課後の出来事を詳しく話す。
「なるほど……そんな事が……」
「あの人……怖いです」
「羊沢……」
「あの目は……本当に狂気じみています。まるで私達を人として見ていないような……そんな目をしていました……あの人、怖いです……」
自らの華奢な身体を両手で覆い、震える羊沢。
「しかしだな羊沢、アイツもアイツなりにーー」
「人を軽々と放り投げるんですよ!? まるで野球のボールを投げるかのように! 化け物じゃないですか! あんな人間……見た事がありません! 何であんな人を入学させたんですか!? 何で私達と同じクラスにさせたんですか!? 私の運が悪いせいですか!? 何で……何で!! やっぱりわたしはーー」
「そのくらいにしておけ、真奈美」
と、羊沢の声を遮ったのは犬凪だった。
目を覚ました犬凪だった。
「痛た……」
「ダメだよ護くん、寝てなきゃ!」
「大丈夫、思ったよりも身体に傷はないみたいだから。心配かけたね、真奈美。怖い思いをさせてごめん」
犬凪のこの言葉を聞き、涙ぐむ少女ーー
羊沢真奈美。
そんな2人を見て、真田は深いため息をついた。
「犬凪すまんな、虎崎が……」
「いいえ、心配いりませんよ。こうなる事は予測していましたから」
「予測?」
「はい、元々ボクは……暴力を振るわれる事を前提にコンタクトを取りましたから」
笑ってそう言う犬凪に、唖然とする2人。
「え? 護くん……わざわざ投げられる為に虎崎くんに話し掛けたの? Mなの?」
問い掛ける羊沢。
「いや……まさか投げられるとは思ってなかったけどね。精々、殴られるぐらいかなーっとは思ってた」
そう話しながら犬凪は苦笑した。
真田へ問い掛ける。
「先生、虎崎くんのあの途轍もないパワーは、例のーーゾンビと呼ばれる力と関係あるんですよね?」
ここである事を察した真田は答える。
「そうだと思う……奴の異常な自己再生スピードによって、限界を超えた力を使っても身体が壊れないようになっているのだろう……お前、それを確かめる為に、オレとの約束を破ったのか?」
「約束?」と、羊沢が反応する。
「何ですか? 約束って?」
「真奈美には後で説明するから安心して。
真田先生……約束を破ってすいませんでした。けれど、ボクが確かめたかった事はそんな事ではありません。ボクはーー
彼は改心させるべき人間であるか、又は改心させられる人間なのかを確かめたんです」
「ふむ」と真田は頷いた。
「それで結果はどうだった? 奴は改心させるべきか? 改心出来そうか?」
「結論としてはーー両方とも有り、ですね」
「それは何故そう思う」
「ボクが今、この程度の怪我でいる事がその根拠です」
「と、言うと?」
「あの場面ーー目の前にいる腹の立つボクを叩きのめしたいのであれば、投げるのではなく、殴る方がよほど効果的でした。あれ程の力で殴られていたら、恐らくボクは救急車に乗って今頃病院で生死の境を彷徨っていた事でしょう」
「確かにな」
真田も投げられた経験、殴られた経験がある為、激しく同意した。
犬凪は続ける。
「しかし彼はそうしなかったーー何故か? 答えは簡単。言葉とは裏腹に……無意識か意図的かは分かりませんが、彼はボクを病院送りにしようとは思っていなかったからだと思います。
そこから彼の、改心出来る可能性を感じました」
「更に」犬凪は続ける。
「あの場面、クラスメイトが沢山ボク達を見ていました。もし、彼が皆を自分に近付けさせたくないと思っていたのであれば、あの行為はベストだと思います」
「どういう事だ?」
「考えても見てください。あの場で、それこそボクをタコ殴りにしたら、ただ喧嘩の強いヤンキーとしてクラスメイト達に認識されるだけです。彼はそれ以上にーー
自分は化け物だぞ。
と、クラスメイトに認識させる為にボクを投げたのではないかと考えられます。殴るよりも、投げるのは普通の人間では不可能に近いですからね」
ここまで説明し、犬凪は結論を述べた。
「つまり虎崎くんは、あの場でボクの事を利用したんです。
最もボクに怪我を負わせず、最も自分から人が離れて行く行動を彼は取ったんです。
つまりボクはこう思います。理由は分からないけれど、彼はーー
意図的に、ボク達を自分に近付けないようにしていると」
「つまりーー」真田が口を開く。
「お前はそこに、改心の余地を見出している訳だな」
「そういう事です」
「オレも同感だ」
真田は笑みを浮かべた。
「お前ならアイツを救ってやれそうだと、改めて思ったよ」
「ハハハ、ボクもそう思います。ボクの予想が正しいのであればーー
彼に青春させる事は出来そうです」
「そうか……」と頷く真田。
「とは言え、危険な行為である事には違いない。無理はするなよ? 犬凪」
「分かってます。今後、こういう事が起こらないよう、注意して距離を取る事にしますので」
ニコッと微笑む犬凪。
そんな彼を見て、真田は言う。
「申し訳ないが……虎崎の事、頼んだぞ」
犬凪は微笑み、答える。
「任せてください」
因みに、そのやり取りを聞いていた羊沢は。
「えっと……どういう事なの?」
首を傾げていた。
最初のコメントを投稿しよう!