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《7》
時は少し遡る。
犬凪と羊沢が下校を始めたちょうどその時、別の2人も出くわして
偶然ではなくーー意図的に。
「やっほー、五太郎くん」
「…………」
生徒指導室での話を終え、下校しようとした虎崎を校門前で待ち受けていた生徒がいた。
「あれ? 可愛い可愛い女の子が、あの筋肉教師との長い長い話が終わるのをわざわざ待っててあげたんだから、ここは嬉しいと思う所でしょ?」
兎美だった。
「あ〜、ひょっとして怖がってるぅ? ゾンビと呼ばれるヤンキーくんも所詮その程度なのかぁ〜、何だ、ざんねぇーん」
「茶化してんじゃねぇよ」
ここで虎崎が口を開く。
「誰が、心が読める程度のお前にビビるってんだよ。ふざけんな、これっぽっちも怖くねぇわ」
「……ふぅん……うん、本心みたいね! 良かった」
兎美はニッコリと笑った。
そう、心が読める彼女に対して嘘は100%通じない。
100%看破されるーー例えそれがどんな嘘であっても……
「……お前の前で嘘ついても意味ねぇだろうが」
「うん、よーく分かってるじゃない」
「因みにー」兎美は問い掛ける。
「あなたが怖いモノは何なのかしら? ちょっと読んでも良いかしら?」
「ダメって言っても、どうせ読むんだろうが」
「さぁ? どうかしらねぇ」
チッと舌打ちをする虎崎。
フフフと笑う兎美。
「ねぇ、良かったら途中まで一緒に帰らない?」
「…………」
「帰る道途中まで一緒だから。あ、一人暮らししているんだったわね、良いわよ? このまま私をお持ち帰りしても」
「うぉい!! アパートの場所とオレが今一人暮らししている事を何故知ってんだよ!!」
あ……と、虎崎は勢いでツッコンで気付いた。
何故知っているかーー心を読んだからに決まっている。
「ウフフ」
「か、勝手にしろ!」
2人は下校を始める。
「ねぇ……」
「何だよ」
「あれから筋肉先生とどんな話してたの?」
「話すの面倒だから、心を読め」
「うん、もう既に読んでる」
「何だそりゃ」
「私に『青春させる』かぁ……ねぇ、本当に出来ると思ってる?」
「分かんね」
虎崎は言う。
「そもそもオレが、その青春とやらを満喫するべき理由が解らねぇのに、お前にどうこう言える立場じゃねぇよ」
虎崎は続けたーー
「ったく、あんな普通な奴らとワイワイやって何が楽しいんだか……ストレス溜まるだけだろ」
「はい! ウソー!!」
突然、指差した兎美に目を丸くする虎崎。
「え?」
「フフフン、私に嘘はつけませんよ? 虎崎くん」
「はぁ? オレがお前に嘘? 何の事を言ってんだ?」
「しらばっくれても無駄ですよ、何せ私は心が読めるんですからーー人間嘘発見器なのですから。心の名探偵なのですからね!」
「そんな呼び名とかどうでもいいから、オレが何を嘘ついたって言うんだよ。説明しろ」
「あ、どうやら心の名探偵って呼び名が気に入ったみたいね! 良いわ、私の事をそう呼んでも構わなくてよ!」
「何言ってんだこいつ」
確かに、心の名探偵は良いなとは思ったけれども……
彼の聞きたい所はそこでは無かった。
「オレが何を嘘ついたって?」
「フフフ、あの有象無象共と仲良くするなんてストレス溜まるだけだろって言った事。あれは嘘だねーー君は、本当は……」
「待て、待て待て待て!! その言い方だとまるでオレがーーオレは本当にそんな事思ってねぇぞ!?」
「え? でも現にさっき……あれ? ちょっと待って……」
兎美は再度心を読み、ある事に気が付いた。
思考するーー
どういう事? 間違いなく彼はさっき嘘をついていた、けれどーー今の彼が『そんな事思ってねぇぞ』と言ったのも本心だった……
私が読み間違えた?
この私が?
何? 何々? どういう事なのよ?
これまで、人の心をまるで呼吸をするかのように読んでいた兎美。
その心を読む力ーー読心は外れた事がなく、それ故に彼女は沢山の人の闇に触れて来た。
筈、なのだがーー
「あ、ひょっとして……」
兎美がある事に気が付いた。
「ぷっ、ぷぷぷ」
「あ? 何だお前?」
それは、もしかしたらという予測であり、確定ではない考えではあったが、もしそうなのだとしたら、とーーそう考えたら、兎美が笑みが溢れる。
「アハハハハハ!! と、虎崎くん! あなた、ぷっ、アハハハハハハ! そそそんな怖い顔してる癖に……こ、心の底で何可愛い事思ってるのよ!! アハハハハハ!!」
「あ?」
突然大爆笑しだした目の前の女の子。
当然、自分が笑われているのではないかーーと思う。
実際の所、その通りなのだが……
「お前、心が読めるからってオレの事舐めてんのかコラ? オレは女相手だろうと容赦……」
「成る程ねぇ! 筋肉先生の狙いは間違えていないって事かー! うんうん、やっぱ只者じゃないねぇあの人! 私みたいな力も無いのに、あれに気が付くだなんてーー」
兎美は大興奮。
そしてこう続けた。
「やっぱり面白い人が多いね!! 五太郎くん!!」
「え!? あ、お、おぉ……」
虎崎の顔が少し赤くなる。
何故ならこの時、虎崎の顔と兎美の顔の間の距離が5センチ程しかないのだ。
通行人が側から見たら、キスをしていると勘違いされても不思議ではない。
しかし、そんな状況にも関わらず、兎美は動じない。
「アハハ、五太郎くん、ドキドキしてるね」
変わらぬ距離で、彼女は虎崎の胸に手を当ててそう言った。
そして、見上げる形で虎崎の目をじぃーっと見つめる。
「あなたなら、もしかするとーー」
「な、何だよ?」
「ううん、何でもない」
離れる兎美。
ホッとする虎崎。
「ねぇ五太郎くん。君は多分、これから『青春』を満喫出来るのかもしれないね」
「は?」
「でもね、私にそれは無理なんだ。だからーー
私をどうこうしようとするのはやめてほしいの」
彼女のその表情から溢れ出る本心は、心が読めない虎崎ですらーー理解出来た。
「察してくれたみたいね」
「お前……」
「あなたも大変な道のりだろうけどもしそこ迄辿り着けたら。あなただけで楽しんでね。
それを約束してくれるのなら……
私達ーー良い友達になれそう」
そう言って、手を差し出す兎美。
「改めて自己紹介するわね。私の名前は、兎美愛。良かったら私と友達になってくれないかしら?」
虎崎五太郎は学校生活を楽しむーー青春を満喫するつもりはない。
一人の方が楽で良い。
そんな思考の持ち主だ。
当然ーー兎美はその事を理解している。それ所か、本人が気付いていない心の奥の思いすら理解している。
彼女は、虎崎の全てを知っていると言っても過言ではない。
虎崎と友達となった際の危険性ーー
それら全ても把握済みである。
それでも尚ーー
兎美愛は虎崎と友達になりたいと言っているのだ。
虎崎としては……断る理由がなかった。
「虎崎五太郎……オレは、お前の事を何も知らない。だから、知る為だけに友達になってやるよ」
虎崎は手を取った。
「ありがとう」
そう言って微笑む兎美。
「フフフ、あなたやっぱりーー」
「あ? 何だよ?」
「いいえ、何でもないわ」
笑う彼女。
そして彼女はこう言った。
「これからよろしくね。五太郎くん」
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