虎崎五太郎という男

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《1》  四月。  桜が舞う季節。  私立化ノ森学園、入学式ーー  前のホームルーム前の騒めき。 「ホラ、あの子でしょ? 確かゾン……」 「シッ! 聞こえるわよ……ウチの子がターゲットになったらどうするの!?」 「ご、ごめんなさい……ついうっかり口に出してしまう所だったわ」 「ああいうのには、近付かない、関わらせないのが一番よ。帰ったら息子にちゃんと言っておかないと」  そんな事をヒソヒソと話す、新入生達の母親達。 「だーれと近付かない、だーれと関わらせないってぇ?」 「ヒィイ!」  本人達は気付いていない事が多いが、こういったヒソヒソ話は周りの人の耳に入る事が多い。  今回は不安ながら、そんなヒソヒソ話が耳に入ってはいけない人物に聞こえてしまった。 「もっぺん言ってみろ、クソババァ共」  そんな言葉を母親達に吐き捨てる男。  そんな彼女達をギロリと睨み付けている。  中学の頃から、関わったら駄目な男として巷では有名な不良ーー  警察のお世話になった事は何度もある不良ーー  分数の足し算も出来ないバカ。 「誰がバカだゴラァ!!」 「ヒッ! わ、私達は何も言ってないわよ!?」 「……そうか、そりゃすまなかった」  とにかく、そんな危ない新入生。  その男の名前はーー 「虎崎五太郎(トラサキ コタロウ)だーーオレの事をまたピーチクパーチクほざいてみろ……テメェらの息子さん達は、ロクな学校生活を送れなくなると思え!」 「き、気を付けます……」 「分かったら返事ィ!!」 「ハ、ハイィィ!!」 「けっ」  入学式前のホームルームすら始まっていない、最初も最初に同級生の母親達を恫喝する虎崎ーー  当然、それを同級生達も目撃している訳で…… 「お、おい……ヤッベェのがいるぞ」 「私……関わりたくない」 「し、死にたくない……ボクには夢があるのに……」 「最悪だ」  ポツポツとそんな声が聞こえ始める。  当然、必然的にそんな声も虎崎の耳に入ってくる。 「チッ! おいテメェら!!」  虎崎は机を蹴り飛ばし、その机の上に乗る。 「ヒソヒソヒソヒソ話してんじゃねぇよカス共!! コソコソ言うなら面と向かって言いやがれ! この薄汚え貧弱野郎共がぁ!!」  叫ぶ虎崎。 「いいか? よーく聞いとけカス共!! 一緒になりたくねぇとか、近寄りたくねぇとか勝手にほざいてっけどなぁ!! オレもお前らみてぇなカス共と関わりたくねぇんだよ! 自惚れんな!! だからコソコソ言う暇があったら、今から友達を作る努力をして勝手に青春エンジョイする努力をしろや!! このアホ共!!」  めちゃくちゃ叫んでいた。  こんな事をしでかしたら、虎崎は浮く。  悪い意味で浮いてしまう。  同級生、その親達にヒンシュクを買い、一人ぼっちになる事は目に見えている。  しかし、虎崎はそんな事百も承知である。  何故なら虎崎はーー  高校生活をエンジョイする気など、さらさら無いのだから。 「ったく! カス共のせいで入学式前に無駄な体力使っちまったぜ」  そう吐き捨てながら、ドカッと椅子に座る虎崎。  本人は終わったつもりでも、周りの人達の視線は彼に注がれている。  危ない奴を見る目ーーまるで野に放たれた猛獣を見るような目でーー 「ジロジロ見んなよ! アホか! もうすぐ担任の野郎が来るから前向いてろ!!」  それを一蹴。  当然、その迫力の前に抗う事なく視線はみな前へと移る。  黒板を見る。 「ったく……」  舌打ちを鳴らし、ようやく一人になれたと思う虎崎。  しかし彼は気付いていなかった。  あれ程、虎崎が怒気を込め「前を向け」と言ったにも関わらず、頬杖を付き、じーっと彼を見つめる女子がいたのだ。  彼女は笑い、呟く。 「へぇ、なるほどねぇ……あの人もそうなんだぁ」  この時の虎崎は知る由もなかった。  良い青春を送りたくない、という彼の願いはーーこの女子によって、粉々に打ち砕かれてしまうという事を。
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