虎崎五太郎に青春を

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《2》  鼻血を出し、気絶した羊沢を保健室まで送り届けた虎崎と犬凪。  2人並んで教室へ歩いている。 「不幸体質だぁ!?」 「そうなんだよ……彼女はそれでとても悩んでいるんだ」 「悩んで……」  神妙な表情を見せる虎崎。  そんな彼を見て、犬凪はクスりと笑った。 「あんだよ?」 「いや、まさか君が真奈美をお姫様抱っこで保健室まで連れて行ってくれるなんて思いもしなかったから……そんで、今の何か考えてる顔見てたら笑えて来た」 「はぁ? 殺すぞ!!」 「いいや、君は殺さない。何となく分かるよ」 「あぁ? どういう……」 「だって虎崎くん本当はーー  凄く優しい人だろ?」  虎崎は固まる。 「え?」 「だって虎崎くん、さっきお姫様抱っこした時、一連の流れが凄く優しかったよ? あの流れは優しい人にしか出来ないと思う」 「バカだろ、お前」  言い放つ虎崎。 「オレが優しいとか……バカだろ? そんな訳ねぇだろーーオレが今までどれだけの人を傷つけ、騙し、恐怖を与えて来たか……」 「その人達は、人を見る目がなかったんだよ」  犬凪は彼の話を遮る形で反論した。 「きっとね」  ニッコリと、反論した。 「チッ……お前、変わってんな」 「ハハ、よく言われる」 「この学校には変な奴らが多いーー真田といい、お前といい、不幸体質とかいうあの女といい……どうなってんだよ、この学校は」 「君の為に集まったんだよ」 「は?」 「君の為に集まったんだよーー  君に対して、『変われ』っていう神様からのメッセージさ。必要なものは用意しておいたぞーーみたいな」 「お前やっぱバカだろ」  虎崎はバッサリと切り捨てた。 「変われって……マジで言ってんのか? オレが変われる訳ねぇだろうが」 「うん、」 「え?」  目を見開く虎崎。  そんな彼の表情を見て、羊沢の話を始める犬凪。 「彼女は昔ーーあの不幸体質のせいで、孤独だったんだ。  いやーー違うな? この言い方は違う。  彼女はーー  故に」  虎崎はゴクリと唾を飲む。  犬凪が話を続ける。 「彼女はね、その不幸体質にと、そう思ってーー  あえて自分からーーんだよ」  ここまで聞いて虎崎は、歯を食いしばりぐっと拳を握り締める。  そして犬凪は言った。 「虎崎くん、ひょっとしてーー  ?」  犬凪は続ける。 「君のその力が影響した人間をからこそーー  んじゃないのかい?」  犬凪は続ける。 「……だとすれば。彼女ーー羊沢真奈美はーー  君にとってのとなり得るんじゃないか?」  ドクンーーと、虎崎の心臓が高鳴る。  ダメだ。  これはダメな感情だ……  期待したらダメなんだ……  期待してもーーどうせ裏切られるだけだ。  ーー皆離れて行く。  …………結論ーー  オレは何も期待しない。 「希望だぁ? その煩い口を閉じろ。あの女がどうであろうとオレにはーー」 「関係ないなんて事はないよ。君だって青春を楽しめる!」  ここで、虎崎の我慢が解かれる。 「テメェにーーテメェに何が分かるって言うんだよ!! オレにだって青春楽しめるだぁ!? ふざけんな!! オレの事を何も知らねぇ癖に!! 順風満帆な生活送れてる生温い奴がーー」 「ぐはっ!」  虎崎の腕が犬凪の喉を掴む。 「ーーオレらが生きてるに気軽に足踏み込んで来るんじゃねぇよ!!」 「気軽に?」 「あぁ!?」 「こんな事されているボクが……気軽な訳ないだろう……本気だよーー  ボクは本気でキミに青春させるつもりだ!!」  喉を掴まれながらも、犬凪の目には強い意志が感じられる。 「キミは今まで、色んな思いをして来たんだろう! 色んな絶望を味わったんだろう! 色んな裏切りを受けて来たんだろう!! しかしーーそれは全て過去の話だ!!  違う! 何故ならーー  その為に! !!」 「お前がいるからどうした!? 何か変わるのかよ! あぁ? お前はそんな大そうな人間かぁ!!」 「大そうな? 違うよ、ボクは普通の人間だ……ボクが普通の人間だからこそーー  キミに! って、伝える事が出来るんじゃないのか!?」 「オレは、出来る訳がねぇって言ってんだろがぁ!! オレに関わーー」 「断る!」 「まだオレ喋り終わってねぇのに喋んじゃねぇよ!! だれが喋る事を許したぁ!!」 「ボクはーーボクは騙されない!! そんなには騙されないぞ! ボクはーー  虎崎くんを!!」  目を見開く虎崎。 「なら、その意味の分かんねぇ信頼を今、ぶっ潰してやるよ!!」 「…………」  首を掴む手に、更に力を入れる。  力を入れる。  力を入れーー  ーーようとするも、力が入らない。 「ね? 言っただろ?」  その手は、解けていく。 「賭けはーーボクの勝ちだ」  ケホッと咳き込みながら、犬凪はそう勝ち誇った。  解いたその手を見つめながら、虎崎は言う。 「……テメェの言ってる事が、あまりにもバカバカしくて力が入らなかっただけだ……勘違いしてんじゃねぇ……」 「ああーーそうだね」  犬凪は言う。 「信じてた」  そう……笑顔で言った。  「チッ」と舌打ちをして、虎崎は去って行く。  そんな彼の背中を、犬凪は笑顔で見つめる。 「大丈夫そうだねーー彼なら」  そう……呟きながら。  しかしこの時ーー  犬凪は気付いていなかった。  虎崎の改心を妨げる、大きな大きな障壁の存在をーー  犬凪はまだ、を理解していない。
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