虎崎五太郎に青春を

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《5》  その日の昼休み。  不運な形で、虎崎に裏拳をくらった羊沢が目を覚ました。 「ここは……?」 「保健室だよ」  目を覚ましてぼーっとしている羊沢の呟き。それに答えたのは、犬凪ーー  ではなく、怪我をさせた張本人。  虎崎だった。  寝起きでぼーっとしており、元々の視力の低さも相まって返答した声の主が虎崎である事を羊沢は気付いていない。  むしろ、犬凪だと思っていた。 「今、何時?」 「昼休み」 「そっか……結構寝ちゃってたんだ……」 「痛かったか?」 「痛かったよぉ……私の不幸体質で、こういう痛みには慣れてるけれども……やっぱり顔面にくらうのは痛いなぁ」 「そうか……悪かった」 「ハハハ、護くんは悪くないよ」 「護くん?」  ここで虎崎は気付いた。  あ、こいつ、オレと犬凪を勘違いしてやがるーーと。 「いや、違う……オレは……」 「でも、護くんが無事で良かった」 「え?」 「私……護くんには助けて貰ってばかりだから、ちょっとは恩返しする事が出来たかな、えへへへ」  その、に、虎崎はーー 「羊沢……お前……」 「でも、やっぱり虎崎くんは怖い人だね!」 「へ?」 「兎美さんにもオラオラ言ってたし、女の子にああいう口調はどうなのかと思うよ!!」  羊沢のエンジンが掛かってきた。 「大体ね! 怒ったら暴力っていう、その思考が気に入らない訳よ! 暴力はダメなの! もう暴力が許された時代は終わったの!! 護くんも殴られる所だったんだよ!? もう、やめときなよ! !!」  それを聞いた虎崎。 「ふ、フフフハハハ! そうだ! 確かにそうだな! オレみたいな危ない奴と友達になるのはやめといた方が良い! 分かってるなぁ! 羊沢!!」 「え? オレみたいなって?」  ここで初めて声の違和感、返答の違和感を覚える。  そろそろ頭も冴えてきており、エンジンもかかっている彼女の目はーー  虎崎の姿を明確に確認した。 「と! とととととととと、虎崎くん!?」  凄い勢いで、虎崎とは反対側にあるベット柵へしがみ付いた。 「な、なななななななななななな何で虎崎くんがここに!? わ、分かった!! とどめを刺し損ねた私を今から殺すつもりなのね!! 野蛮! 変人! 野蛮変人!!」 「クククク……さぁ? どうだろうなぁ?」  敢えて、意味深っぽく言う虎崎。  大人気なかった。 「やっぱり! きゃああ! やめてぇ! 殺さないでぇ!! あーー」  ガコン……  ここで羊沢の不幸体質が発動。  ベット柵が外れ、諸共ベットから彼女は滑落しそうになる。  そこへーー  虎崎は凄まじい速さで回り込み、滑落しそうな彼女の背中を支えーー滑落を阻止した。  ベット柵だけが床に落ち、ガシャァンと大きな音を立てる。 「あ、危なかったぁ……」 「今のが……不幸体質ってやつか?」 「いや……今のは……どうなんだろう? ていうか、その……ありがとう」 「どーって事ねぇよ、こんな事」  そう言って、羊沢を再びベッドの上に寝かせ、布団をかけてあげた虎崎。 「お前、がっつり鼻打ってんだ。無理してたらまた鼻血が出るぞ。まだ昼休みも始まったばかりだから、終わるまでゆっくり休んどけ」 「は、はい……」 「羊沢」 「あ、はい!!」 「裏拳しちまって……その、わ……悪かったな」  そう言い残し、虎崎は保健室から去って行った。  そんな彼の後ろ姿を見送りながら。  羊沢はポカーンと、開いた口が塞がらなかった。 「う、うん……」  とりあえず彼女は、誰もいない保健室で1人そう呟いたのであった。
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