虎崎五太郎に青春を

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《8》  以前、虎崎は屋上から飛び降りた。  その時の彼の目的は、兎美に自分の異質さを見せ付ける為だった。  その為、敢えて着地をせず、地面に叩き付けられた。  しかし、今回の目的はーーだ。  虎崎は落下時の衝撃を、そのでーー  緩和した。  そんな虎崎の前には…… 「あ、相変わらず、エゲツない登場の仕方だなぁ? 虎崎ぃ」  大勢の他校の生徒達。  その誰もが、ヤンチャ系の風貌をしている。  普通の人間ならば、果てしなく怖気付く所だが、生憎、虎崎は普通ではない。  冷静に…… 「1、2、3……20人かよ……は来てねぇみたいだな。勝つ気あんのか?」  と、言い放つ。  そんな様子を、二階の窓から見ていた真田。 「おい! 虎崎! 幾らお前でもその人数を相手にするのは無理だ!!」 「うるせぇよ真田ーー」  真田を一蹴し、虎崎は言う。 「黙ってみてろ」  当然、不良達のその声は校内全域に聞こえており、他の生徒達も野次馬心を働かせ、廊下の窓から顔を覗かせている。  クラス委員長ーー犬凪も。  不幸体質を持つ少女ーー羊沢も。  そして…… 「さーて、これからの光景を見て、犬凪くんと羊沢さんはどう思うのかしらねぇ?」  心が読める少女ーー兎美も顔を覗かせていた。 「フンッ……牛島さんの力なんざいらねぇよ。この人数だぞ? しかもオレ達  の精鋭メンバー20人だ。生きて帰れると思うなよゴラァ」 「はぁ……殺せるもんなら殺して欲しいよ……ったく、お前らじゃーー  話にもならねぇからよぉ!!」  「行くぞゴラァ!!」の掛け声と共に、ヤンキー集団【死牛】の面々が虎崎向けて走り出す。  それぞれが虎崎に殴り掛かろうとする。 「2秒越えて立ってたら褒めてやるよ」  不敵な笑みを浮かべ、そう言い放つ虎崎。  そして2秒後ーー  観戦していた他の生徒達。真田、そして犬凪と羊沢はーー  その2秒間の出来事に唖然とする。  呻き声を上げて地面を転がる20人の【死牛】の面々。  虎崎はたった2秒でこの集団を全員ーー  倒してしまったのだ。 「他愛のねぇ……」  右頬に返り血を浴びた虎崎は、それを右手親指で拭き取る仕草を見せる。  その光景は異常だった。  目にも留まらぬ速さで【死牛】の攻撃をかわし、目にも留まらぬ速さで彼ら全員を、一撃で気絶させていた。  沈黙ーー  学校中が沈黙していた。それはもう、廊下きら観戦していた面々がゴクリと唾を飲み込む音が鮮明に聞こえるかのように。  しかし1人、嬉しそうな表情を浮かべている人物がいた。  心が読める少女ーー兎美愛である。  本気出したね、虎崎くん。なるほど、これはメッセージも兼ねている訳ね。犬凪くんと、真田先生に ……こうする事で、自分に関わるとーーという事を彼らに伝えた訳ね…… 「フフフ、やっぱり面白い人」  対して、羊沢は真っ青な表情を浮かべていた。 「はわわわわ! な、何? 今何が起こったのか分からなかった。虎崎くんが消えたと思ったら、次々とあの人達が倒れてーーやっぱり怖いよ! 護くん! あんな人に青春なんて無理ーー」 「そういう事か……盲点だった!」  犬凪は何かを理解した様子。すると一目散で走り出す。 「護くん!? どこ行くのよー!!」  走りながら犬凪は思考を巡らせる。  そういう事かーー  彼にとって、がネックだったんだ!!  それに気付かないなんて……ボクはーー  大馬鹿野郎だ!!  犬凪は走る。  虎崎の元へ……  その頃、同じく唖然としている真田へ。 「真田ぁ! っていうか真田で無くても誰でも良いからよぉ!! コイツらをここから摘み出してくれ!! 目障りだからよぉ!!」  と、虎崎は伝える。 「あ、あぁ……分かった!」  真田は承諾したのか、走り出す。  その様子を見届けた後、虎崎は、倒れているヤンキーの1人をツンツンと指先で突きながら声を掛けた。 「骨を折ったりしてねぇから……動けるだろ? もうすぐ先生共が来てくれるからよ、今日の所は大人しく帰れ」 「ぐ……こ、この……ば、化け物、が……」 「そうだ、オレは化け物だ。だからオレには近付くなって、?」 「う、牛島さんは……必ず、どんな手を使ってもテメェを殺す……お前の、家族、友達……恋人……大切にしている人を、巻き込み……どんな手を使っても……覚悟しておけ……」 「……それ、どのグループ潰しても言われんだけどさぁ……生憎、大切な人間なんていねぇんだよ。オレにはよぉ。残念だったな」  そこへ真田と、他の先生達が到着。  付き添い、連れ出そうとするが…… 「触んな! 自分で歩けるっつーの!!」  そう言って、それぞれが自分の足で化ノ森学園から去って行った。  それを黙って見送る真田に…… 「分かっただろ? オレの周囲を取り巻く連中のバカさがよぉ。分かっただろ? だからこれ以上オレに青春青春言ってくんなよ?」 「虎崎……お前は……」 「虎崎くん!!」  ここで、犬凪が登場。  全力で走って来た為か、息を切らしている。 「犬凪……何の用だ?」 「分かったんだよ……ボクが見当違いな考えをしていた事に」 「…………」 「ボクは最初、君が青春しようとしないのは、ただ単に、その力のコンプレックスから来てるものだとばかり思ってた。けど違うんだね?」  息を切らした犬凪が言う。 「虎崎くん、君はーーさっきのような争いに、ーー  周りとの関係を断っていたんだね?」  虎崎はハッとバカにしたような笑みを浮かべ「違ぇよ……」と吐き捨てる。 「お前らみてぇな足手まといが出来ちまったら、勝てる喧嘩も勝てなくなるだろうが……オレはそんなの真っ平ごめんなんだよ」  この言葉を聞き、笑みを浮かべる犬凪。 「何を笑ってやがる」 「いや、ボクらが足手まといになるーーそれってさぁ、もし、ボクらが友達だとしたら、君はーー  ?」 「はぁ? 何を言ってーー」 「君が悪い人なら、多分ボクらが人質に取られても、お構いなしに勝つ事だけを考える筈だよね? けれどーー君は違う」  犬凪は続ける。 「もしそうなった時、君はーー?」  ここでようやく、虎崎は犬凪の言葉の意味が理解出来た。 「は、はぁ!? 見殺しにするし! 全然見殺しにするし!!」 「フフ、冗談が下手だね」  そんな様子を廊下の窓から見ている兎美は、感心している。 「へぇ〜、中々の口持ってんじゃん。良い切り口だよ、犬凪くん」  対して虎崎は…… 「ふざけんな! オレを舐めてんのかゴラァ!! 見捨ててやるよ! 見捨てて!! 大体テメェはさっきのを見て怖くねぇのかよ!! オレは二階から飛び降りて、バカなヤンキー20人をぶっ倒したんだぞ!?」 「怖くないよ」  即答で犬凪は言った。  身体がブルブルと震える虎崎。その感情は怒りなのか、何なのか、本人には理解出来ない。  そんな彼を見つめながら、犬凪は微笑んだ。 「だってボクはーー  虎崎くんが本当は優しい人間だっていう事を知っているからさ」  「それにーー」と、犬凪は続ける。 「もし、ボクが人質にされても……? だったら大丈夫じゃないか」  目を見開く虎崎。  彼の心は騒ついていた。  酷く、騒ついていた。  何なんだ……何なんだよこの野郎は。  今までオレのアレを見て、離れて行った奴はいても、近付いて来た奴はいねぇ。筈なのにーー  クソッ!! 「テメェは何なんだよ!!」 「ボクは君のーー  犬凪護だ」 「うるせぇよ!! 何が未来の友達だぁ!! 何の覚悟もねぇ癖に!!」 「覚悟は目に見えないものだ。しかしボクは胸を張って言える事があるーー  ボクは君と友達になりたい、そう思っている。ただの友達になるのに、それ以上の理由が必要かい?」  その真っ直ぐな犬凪の瞳に、虎崎は恐怖を覚えた。  圧倒的な力で【死牛】の面々を薙ぎ倒した彼がーー  怖気付いている。 「さぁ、ボクと友達になろう」  そう言って、手を差し出し近付いてくる犬凪。 「やめろ、近寄るんじゃねぇよ……」 「いいや、近寄る。何故ならボクは、君と友達になりたいからだ」  ズンズン近付いて来る犬凪の、その圧力に……  虎崎は耐えられなかった。 「うあぁぁああ!!」  背中を向け、校外へ逃走。 「虎崎くーー」  すかさず追いかけようとする犬凪を…… 「待て、犬凪!」  真田が止めた。 「よく言った。今はアイツも混乱しているのだろう。1人にしてやれ」 「先生……ボク、間違いましたか?」 「いいや? オレはそうは思わん。今、お前が述べた言葉は全て、恐らくアイツがーー  だと思う」  「だから胸を張れ」と真田は笑顔で言った。 「そう……ですよね」  そんな2人のやり取りを陰で聞いていた人物が2人。  羊沢は。 「そっか……虎崎くんも、だったんだね……」  そして兎美は。 「え? 何? 何なのあの人ーーこれは予想外……物分かり良すぎて怖い……虎崎くんが逃げちゃうのも分かる気がするわね……あれはあれで化け物かも……」  唖然としていた。 「フフフ、犬凪護ーー見直したわ」  そして犬凪の事を見直していたのだった。
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