死牛

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《1》 「な、何か分らねぇけど……逃げ出しちまった……」  逃げ出した虎崎は、そのまま自宅へ直帰していた。 「こえぇよアイツ、何なんだよ……」  布団にくるまる形でそんな事を呟く。  ーーコタちゃん怖い!!  ーーお前、騙してたのか!!  ーー何でお前みたいな化け物が生まれて来たんだ!!  過去が猛烈にフラッシュバックする。  しかし。  ーーボクは君の未来の友達。犬凪護だ。  犬凪のその言葉が、虎崎の脳裏にしっかりと焼き付いており、不思議と、いつものような不快感はない。 「未来の友達……か」  ボソッと、そう呟く虎崎。 「けどオレにはもう……そんな資格なんて……」  そんな時。  ピンポーンーーインターホンが鳴る。 「客? 勧誘か何かか?」  しかし、今の虎崎のメンタルは、そんなものに対応しようと思えず、無視する事を心に決めた。  ピンポーン。  無視する事を……  ピンポーン。  心に……  ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン…… 「だぁーもうっ! うるせぇよ!! 誰だこんな時にぃ!!」 「やっほー!」  兎美だった。  バタン。黙って玄関の扉を閉めた。 「…………」 『酷くない?』  テレパシー発動。 「何でお前家を知ってる?」  ドアを開け、口頭で投げ掛けた。 「心読んだからに決まってんじゃん!」 「……しかないわな。で、お前、学校は?」 「抜けて来ちゃった」 「お前なぁ……」 「テヘペロ」  か、かわいいな…… 「まぁ、可愛いだなんて、そんな……嬉しい」 「気安く心読むんじゃねぇよ……ったく、で? 何か用事か?」 「うーん……特に用事はないかな。ちょっと話がしたくなってさ」 「誰と?」 「いやいやいや、ここはどこだと思ってんの? ここに私が居るんだとしたら、言わずとも誰とか分かるでしょう」 「何だ? このマンションに知り合いでもいるのか?」 「ビンタするよ?」 「へいへい……で、何の話だよ?」 「その前に中に入れて」 「は? 何で!」 「なーかーに、いーれーて」  兎美のその圧に耐えきれず、虎崎が折れる。  大きな溜息を吐き、兎美が通れるスペースを作る。  兎美はルンルンで部屋の中へ突入。 「おっ、邪魔しまーす」 「邪魔するなら帰れよ……」  小さくそうボヤく虎崎。 「へぇ〜、ここが虎崎くんの部屋かぁ〜。何か納得」 「納得?」  眉をしかめる虎崎。「そうか?」 「うん、何かこう殺風景な所が、虎崎くんって感じ! あ、こらこら、脱いだ制服そのままにして。ちゃんと畳みなさい」  そう言って制服を畳みだす兎美。 「オカンかお前は…………お茶とか出せねぇぞ?」 「良いよー、お構いなく。ていうか、そもそもコップが2個無いんだもんね。そうだ、今度私の分のコップ、持ってくるね!」  制服をハンガーに掛けながらそんな事を言った兎美。 「何でまた来る事前提なんだよ……」 『え? 冷たくない?』 「何でテレパシーで返答すんだよ……」 「………………」 「そんで何だよ、急に黙るな」 「なるほど、エッチな本とかは無いみたいだね」 「何読んでんだよお前……読心能力の無駄使いすんなよ……」 「女の子に興味ないのかぁ、それだと襲われる心配はなさそうだね! 良かった良かった!」 「手は出そうになるけどな」 「またまたぁ」 「で、ここに来るって事は、本当は何か話あるんだろ?」  兎美の斜め横に座りながら、虎崎は再度そう尋ねた。彼女は返答する。 「そうね、その為に来たと言っても過言ではないわね……まぁ、虎崎くんの部屋が見てみたかったって言うのも嘘ではないけれど」 「オレは嘘であって欲しかったけどな」 「もっと言えば、エロ本見つけて弱みを握りたかった」 「最低だな、お前……」 「まぁ、こんな力を持ってる時点で最低だけどね。学校もサボってるし」  自重気味にそう言った兎美に対し。 「それはオレも同じだ」  と、虎崎は返答。  兎美は笑いながら。「そうだね」と返答した。 「…………」 「…………」  ここで、しばしの沈黙が訪れる。  その沈黙を解いたのは兎美だった。 「何か面白い話喋ってよ」  無茶振りだった。 「アホか、何もねぇよ。無茶振りしてくんな」 「確かに、虎崎くんのその頭では、面白い話なんて喋れる訳ないもんね。高望み過ぎたか、ごめんごめん、忘れて」 「あ、殴りたい」 「ハハハ、殴っちゃダメよ」 「本題ーー早く言え」  ここで兎美はようやく本題に入る。 「アナタはまだ、全然やり直せる」 「…………何故そう思う?」 「何故って、さっきの犬凪くんとのやり取りを聞いてたら分かるよ。あなたはまだ、普通の人間を悪く思っていないから」 「お前はどんだけ……」 「私の話は良いの、忘れて。で、話を戻すけど、正直私はーー  犬凪くんを」 「……どういう意味だ?」 「そのままの意味よーーあの人……予想以上だったわ……」  虎崎は彼女のそんな言葉を聞き、犬凪の事を思い出す。  つい先程の出来事を思い出す。 「確かにな、あんなに早くオレの真の理由に気付けるなんてな……予想以上だった」 「いや、それはさっきのアレを見ていたら誰でも気付けるでしょう。あなたみたいなおバカさん以外は」 「何だとぉ!!」 「あら、聞こえなかった? 耳までおバカさんなのね。ならテレパシーでもう一度伝えてあげるわ」 『あなたみたいなおバカさん以外は、あなたの真の理由には気が付くでしょう。普通は』 「わざわざテレパシーで伝えなくても聞こえてるっつーの!! 舐めてんのか!!」 「あらまぁ、虎崎くん。あなた私に舐められたいの? どこを舐めて欲しいのかしら、首? 頬? それとも脇腹? そんな趣味があったのね。しかし残念ながら、私にそんな趣味はないの。ごめんなさい」 「本当にしばくぞ」 「冗談よ」  コホンと咳を一回し、兎美は話を戻す。 「あなたはそもそも、その真の理由を、真田先生に理解して欲しかったから、あの様な行動を取ったのでしょ? 自分の異質さを見せ付けるような行動を……それを犬凪くん含む、生徒達は見ていたのよ? その事に気付かない訳ないじゃないの」 「あ、そうだったな」 「そしてあなたは、その真の理由ーー不良等との争いに巻き込んでしまう。が、故に今まで1人だった訳でしょ? 当然、普通の人間ならば……」 「近付こうと……関わろうとしないよな。オレがあいつの立場なら絶対しない」 「そうよね。私もそうだわ。あなたみたいな野蛮人の隣に居るとか、命がいくつあっても足りないもの……おまけにバカと来てる」 「オレん家に人の頭しばける鈍器とかあったっけ?」  鈍器を探す虎崎を横目に、兎美は話を続けた。 「しかし犬凪くんは、その理由を知ってもなおーー  。  これって本当に凄い事よ……?」  彼女のその言葉を聞き、虎崎は鼻の先を人差し指でポリポリと掻く。  そして兎美は言う。 「だからこれが言いたかったのーー  」  虎崎は目を見開く。 「きっと彼なら、あなたを、これまでとは違う世界へと連れて行ってくれる筈よ」  更にそう言って微笑む兎美だった。  しかし、虎崎は歯を食いしばる。 「じゃあ……テメェはどうなんだよ?」 「私? 私は……無理だと思うわ」 「オレがあいつらと仲良くしちまったら……お前はまた1人にーー」 「」 「え?」  兎美は立ち上がりながら言う。 「私を青春させてくれるんでしょ? これでも一応、私はあなたに、凄く期待しているの。だからーーこれはその為の一歩目よ」 「そ、そうだったな……」 「あら、忘れてたの? 酷いわ」 「いや、忘れてたと言うか、諦めていたというか何というか、その……」 「ま、とにかく。私としても、犬凪くんには少し、期待しているの。変なプライドは捨てて、近くで彼の事を探ってみるのも良いんじゃない?」 「探る……か……」 「ええ、少し変わっているとはいえ、所詮は有象無象出身ーーいつボロを出すか分からないから……」  そんな事を、兎美は渋い顔で呟いた。 「兎美……オレ前々から思ってたんだが……有象無象ってどういう事なんだ?」 「そのままの意味よ。世の中……くだらない者達で溢れているーー  面では仲良くしていながら、陰で悪口を言う。  先生の前では英雄面、けれど裏では陰湿ないじめの実行人。  私は離れないからと言ったのにも関わらず、呆気なく離れて行く奴ら。  救う救う、と実力以上の言葉をばら撒き、いざ救えないものだと知ると、言いっ放しで無様に逃げ出す教師。  そしてーー  あなたは大切な娘よ、と言っておきながら、化け物と言って!!」 「お前……」  ここで虎崎から冷や汗が噴き出る。  兎美のその憎悪を多く含んだ目。虎崎が引く程の憎しみのこもった彼女の目を見て。  虎崎の身体は、震える。  兎美は続けてこう言った。 「友達、先輩、後輩、教師、親、家族ーーどれも全て公平にクズ。クズで醜いカスの集まりーー有象無象の集まりーー  それが私の持つ、普通の人間共への価値観よ」 「お前……」  虎崎は思った。 「お前は、どれ程の……」 「だからーー初めて出会った、私と同じく異質な力を持った君と、有象無象の中でも突出した輝きを見せる犬凪くん。それと……あの羊沢さんにもーー  私は期待しているわ」  兎美は続けた。 「こんな私だから、大変だとは思うけれどーー  よろしくね。虎崎くん」  犬凪は再度鼻の先を人差し指でポリポリと掻き、「しゃ〜ねぇなぁ!!」そう言った。 「自分の為にじゃなく、! 犬凪の事を探ってやろうじゃねぇか!!」 「うん、ありがとう」  兎美は微笑んだ。
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