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亜裏紗は数日で立ち直り、近所で開業する、灯下弁護士に相談した。
灯下弁護士のアドバイスに従い、見忌生に写真の画像データーを返さなければ、離婚すると迫ったのだ。
ところが、見忌生は、もし、離婚したり、逃げたりしたら、その写真をバラまくと、卑劣な脅しに及んだのだ。
それ以来、亜裏紗は、遠くへ逃げて他の街で息子と二人で暮らすため、必死に働いては、貯金していた。
しかし、働けば、夫にカネを、せびられていた。手元には僅かな金銭しか残らない。
灯下法律事務所に足しげく通い、何度も相談している。夫にバレないよう、爪に火をともす思いで、時給が高いバイトをしているのだ。夫に見つからないよう、貯金するよう勧められた。どんなに金銭的に困窮しても、絶対に、違法な金融業者に手を出さないよう、法律事務所の相談員からは、釘を刺されている。
毎週のように、見忌生から、新卒サラリーマンの月給程度の金銭を、せびられる。
「タクシーを一台お願いします」
受話器に話す声の主は、見忌生だ。わずかに実直そうな声色がした。
もう、こんな生活は嫌だ。亜裏紗は内心で泣き叫びながら、気がつけば、暗い寝室で両膝を立てて、座り込んでいた。布団の上で、すやすや眠っている諒詫郎だけが心の救いだ。諒詫郎の頬を手で優しく撫でていた。
「亜裏紗、ちょっと出かけてくる」
「行ってらっしゃい」
コートの袖を通しながら、見忌生は、玄関扉からマンションの廊下に出ようとしている。
亜裏紗は、悔しくて胸が裂けそうになる。我慢していた涙が一気に溢れ出し、暗い部屋で、頬だけが微かな照明に反射していた。
見忌生は、金をせびっては、深夜に出かける。子供へ後ろ髪を惹かれる思いで、夫の後を尾行することにした。
小さな息子一人を、置き去りにするのは、後ろ髪が引かれる。私の子供だから強いはず。そう、自身に言い聞かせていた。
不倫でもして、証拠があれば、離婚の理由になるからだ。灯下法律事務所で親切にしている相談員のアドバイスを思い出した。
諒詫郎の枕元にある、ウェットティッシュで、顔をごしごし拭く。
「ご近所では、仲の良い夫婦で通っているから、一階までお見送りするわ」
「子供をほったらかしにして欲しくない」
廊下に出て、駆け寄り恋人のように腕を絡めた。見忌生は外ではが良い人で通っているのだ。廊下ですれ違う近所の人に、夫婦ソロって、笑顔で挨拶をしていた。
エレベーターで一階まで夫婦で降りる。マンション駐車場にヘッドライトを照らし、滑り込むタクシーがあった。亜裏紗が片手を振り上げる。
「こっちです」
見忌生は、タクシーの後部座席に乗りこんだ。
亜裏紗無理やり笑顔を作って、駐車場を後にするタクシーに手を振っていた。
急いで駐車場に面する公道に出て、目の前では、車道を走る車列が流れてゆく。
屋根の上にタクシー灯をつけた車を偶然見かけた。慌てて手を上げて止める。
少し走ってから、タクシーは歩道脇で停車した。亜裏紗はタクシーの全力疾走しなながら、乗っていた。後部座席から身を乗り出しそうになりながら、見忌生のタクシーを指でさす。
「運転手さん、前のタクシーを追いかけて」
「え! あ、はい」
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