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夫は秘密倶楽部の一室にいた。カウンターで出勤している、本名は死なないが、女性従業員を指名した。店では、“ミルク”と呼ばれている。
殺風景な部屋で、応接セットに座り、貧乏揺すりをしながら、ミルクを待つ。
ゆっくりドアが開かれ、ミルクが現れた。ベネチアンマスク越しでも、鼻筋が通っている。外に一歩出れば、誰もが驚くようような派手な衣装は、肢体の一部だけを隠している。
見忌生が立ち上がりながら、亜裏紗から奪った茶封筒を、今にも、泣き出しそうな顔で、ミルクに差し出す。
「もう、これで勘弁してください」
「あら、私の可愛い僕の見忌生。今夜は少ないんじゃないの?」
「ミルクさん、いえ、ミルク様、どうか、どうか、もう、これで許してください」
ミルクは、ベネチアンマスクの二つの穴から、睫毛をぱちぱちさせながら、首をゆっくり横に振った。頬に触れた後ろ髪は、不機嫌そうな動きの指が背中に流す。
「ふふ、許さなーい。今夜も、い・じ・め・て・あげる。でも、勘弁してなんて、言い出した見忌生のせいよ」
見忌生は、両膝を突きながら、ミルクへ懇願するように、青ざめた顔で見上げていた。
「どうか、妻を、妻まで、巻き込まないでください」
「――あんたの奥さんの裸の写真を撮影するよう命じたでしょう。画像データーをよこして」
見忌生はもぞもぞ、内ポケットから、名刺サイズのデジカメを出す。
ミルクはカメラを取り上げ、小さな液晶モニターに目を凝らす。見忌生も妻を庇いたく、喉元から下しか映していない。ミルクは、白い喉をくつっと鳴らしながら、口元を緩めている。
「どうして、私だけでなく、妻にまで、こんな、酷いことするんですか」
「私のストレス発散かな? 人の弱みを握って、間接的に、家族まで言いなりにするなんて、最高じゃなくて」
この最低なオンナめ。見忌生は、喉で出かかった飲み込む。
ミルクとの出会いは二年前に遡る。
酒に酔った勢いで、この店に遊びに寄ったのだ。
そのとき、職を失いかねないような、写真を撮影された。ノリで撮影に同意したのだ。
その写真データーを、ネタにずっと、ミルクに揺すり続けられ、ミルクの命令に逆らえないでいた。
とても事情を、妻にさえ、打ち明けられなかった。ミルクの命令で、嫌々、妻に酷い事をしているのだ。しかも、妻が稼いだお金までを、ミルクに貢いでいたのだ。
ミルクは日頃の鬱憤でも、晴らすかのように、見忌生を足蹴にしていた。
尻餅をつく、見忌生の顎を手グイッと上げながら、ミルクは顔を鼻先まで近づける。
「今夜はここまでにして上げる。ふふふ、来週、同じ曜日に、絶対来なさい。来なければどうなるか、あなたはお利口だから、分かってるわね」
「はい」
胸が張り裂けそうになりながら、見忌生は、秘密倶楽部を後にした。
何かを恐れるかのように、人の群れに混ざり、背筋を丸めながら、最後尾に混ざった。
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