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05
宿を取って次の日。何もしなくても十年くらい余裕で過ごせるくらいの資金を貰っていた事に気づいた俺は、取り敢えずこの地で取れる物を把握しようと冒険者ギルドに足を運んでいた。此処まで来るまでに昨日のナシリゴーを売っていたおっちゃんがベリナナと言う木の実を売っていたので幾つか買っておいた。
このベリナナ、触り心地はブルーベリーやラズベリーに近いのに味はバナナだ。チョコがあればチョコレートソースがまたとなく合うだろう。
昨日のナシリゴーと言い、このベリナナと言い、やはり異世界と言うのを意識させられる。まぁ、この世界にしてみたらこの形態が通常だからそこに興味が湧くのだが。
そんな事を考えつつ依頼書に目を通す。銅クラスでは、やはり薬草採集などの採集系の依頼が多く俺の目的にも合致している。
幾つか採集系の依頼書を掲示板から引っ剥がし、ミシェルさんに依頼の受領を申請する。
「依頼書の受領を確認いたしました。それではこの依頼書にあるコーンディッチと言う植物の説明をいたしますね」
「お願いします」
「コーンディッチと言うのは小麦や大麦などの稲の仲間で夏場に収集される植物です。特徴は天辺に生えている髭ですね。髭の下には黄色い実が無数に棒状成っていまして、これを茹でて食べます。甘くて美味しいですよ。依頼は十本分のコーンディッチの穂ーー棒状のままをお納め下さい」
ただのトウモロコシじゃないか。あれは美咲に連れられて収穫したことがあるな。これなら何とか成りそうだ。
「分布は東の平原です。東の方に行くと左手に森が見えるんですが、それを通り過ぎると群生地があります。この植物の背丈は一から三メートルくらいですね」
「分かりました」
「それから、こちらのイェスディンですが、こちらは夏に収集される木の実です。分布は東の森の浅いところに成っています。特徴はその木の実の大きさと見た目ですね。まるでトゲトゲしたボールのような見た目で、大きさはこれくらい」
そう言って、ジェスチャーで大きさを示してくる。断りを入れて両手に触れて大きさを確認させてもらうと、サッカーボールと同じくらいの大きさだった。
「視覚よりもそちらの方がよろしいのですね。慣れるまでは両方で示すとしましょうか」
「すみません、それでよろしくお願いします」
気を利かせてくれたのかミシェルさんはそう申し出てくれたので素直に俺はそれに甘えることにした。一々断って両手に触れるのも申し訳ない。
「特筆すべきはその味ですね。収穫時期のそれは渋くて食べれたものではないですが、食べ頃になるとそれはもう甘くて美味しいんですよ、食べ過ぎると口の中が痒くなってしまうのですが」
それ、なんてパイナップル?
食べた感想を聞いた俺は心の中でそうつっこまずには居られなかった。いや、パイナップルは美咲に聞いた限りではイチゴとそう変わらない、植生で木には生らないから別種なのだろうとは思うが。
これを出来るだけ沢山欲しいとの事。品物の提出はギルドではなく直接卸して欲しいらしく、最低五個を教会近くの大通りに露天を出している木の実屋のおじさんに直接納品してくれと言われた。
人相を聞くと拙いですがと断りが入ってからミシェルさんがサラサラと紙に似顔絵を描いてくれた。
それを見て、ナシリゴーとベリナナを買ったあのおっちゃんが思い起こされる。
「あ、そうですそうです。この方、アモンド氏と言いまして、その道では結構有名な方なんですよ」
そう思っておっちゃんの声質や時折見せていた仕草を実演すると、ミシェルさんも首肯してくれ、俺が言っている人物とミシェルさんが言っている人物が同一人物であることがわかった。依頼主の誰何がわかるとそれだけでやる気になるから不思議だ。
「最後はチノミーですね。これも東の平原に分布していまして、これは薬草です。収穫時期は一年中ですが、日が強いこの時期が一番収穫量が多い植物です。基本的には東の平原で五、六株がわらっと生っています。葉っぱの形は荒い鋸の様ーーあ、こんな感じです。ーーで、背丈は踝くらいですね。踏んでも大丈夫なほど強い植物ですので気を張って探さなくても大丈夫ですよ。この植物は飲み薬、塗り薬のベースに成る植物で、依頼以上に拾得された場合はギルドで買い取ると相場より少々色を付けた値段で買い取っています。収穫するときは、根を引っこ抜かないようにして下さいね。根が残っていればそこから復活して五ヶ月後くらいにはまた収穫できますので」
「了解しました」
最後の収集物はできる限りギルドで納品して欲しいようだった。まぁ、調合師がいれば薬の材料に成るのだから当たり前か。
お礼を言って、早速東の門に向かう。
教えられた東の門は、エルさんが護る門だった。エルさんにお礼を言いつつ、門限を聞き、町の外に出る。
出たところで一息付いて、そう言えばと思いステータスを開いた。
ーーそう言えば、どうして相手の言葉を聞き取れるし、俺の言葉が相手に伝わるのだろう。
今になって、ふと感じた疑問だ。そう言えばと思って思い返してみると口の動きは明らかに日本語じゃないのに、聞こえる言葉は日本語なのだ。
ーー頭の中で勝手に変換してくれている?
ならば、文字も点字に変換されるのではないだろうか。
そう思いたってステータスを開いたのだ。
生唾を飲み込みつつ、そろりそろりとステータスの文字に手を滑らせる。
「読める・・・・・・読めるぞぉ・・・・・・!」
なぞった文字は頭の中にダイレクトに点字となって浮かび上がってくる。纏まったらしき文字は一遍に頭の中に思い浮かぶ高性能ぶりだ。
思わず天空の城で悪役が叫んだ言葉を叫んでしまいながら夢中になって読み進めた。
読み終えると、一つ疑問が湧き起こった。
鑑定スキルが俺にはある。地球でその様なことをしたことはなかったが、それなりにレベルが有るから日常的に行っていたのだろう。これはどうやって使うのだろうか。これが便利に使えたら人に聞くのも少なくてすむのでは?
ーーいや、人に尋ねるからコミュニケーションが広がるのだ。これは最小限で良いだろう。
しかし、使ってみたくはある。
そう思うと、鑑定スキルの使い方が頭の中に閃いた。
「『鑑定』」
閃いたまま、それに従うように鑑定スキルを発動させる。
すると、足下の草花から名前やその草花の説明が飛び出てきた。それが辺り一面を覆っていく。・・・・・・自分を中心として、波のように広がっていったと表現するのだろうか。
これは見辛い。薬草などの人に有用な物だけに出来ないだろうか。
そう思うと、無駄と思われる物だけがこれまた足元から遠方へ消えていった。・・・・・・引き潮のように消えていったと表現するのだろうか。
大分すっきりした視界の中で、いくつも『チノミー』と言う表記があり、その文字をなぞるとチノミーだと言うことがわかった。その葉を確認すると、ミシェルさんが示してくれた形をしていた。
意気揚々とそれを収穫し、自在倉庫へ次々と放り込んでいく。そう言えば、帰ったらアイテムボックスかアイテムポーチを探さなければ。いや、ただのポーチを買ってその中に手を突っ込んで自在倉庫へアクセスすればいいのか。取り敢えず、ギルドへ行く前に何か用意しなければ。
そう思いながらチノミー以外にもミシュガンやスウィートレモン、ウォッシュグラスなどを放り込む。収穫方法は鑑定の説明に書いてあった。
どれくらい経っただろうか。すっかり日差しが強くなった頃にふと思い出すようにコーンディッチを収穫しなくては。と思い至り漸く薬草の収穫を止める。自在倉庫の在庫を調べると、どれも五十を越えていた。チノミーに至っては百を超えている。
誰もいないのに恥ずかしくなって早足でその場を後にした。
やってきましたモロコシ畑。
そう言いたくなるほどコーンディッチの群生地は何故か整然と穂を揺らしていた。鑑定によれば収穫時期の物がわかる。
試しに収穫時期の物を一度だけ軽く指で弾き、もいで重量を確かめると、それは思った以上にずっしりしていた。
「あ、鑑定って、これの事か」
そこでふと思い至る鑑定スキルの習得方法。スーパーで美咲においしい物をと思い重さ、形、触るだけで中身が詰まっているかどうかわかる様になるまで神経を尖らせていたのがここに活きていたのか。
その事実にちょっとだけホクホクした気分になりながら収穫時期のコーンディッチだけを収穫していく。
ふと周りを見渡すと今度は日が空の天辺まで来ていた。言い汗をかいたと収穫をやめて、今度はイェスディンの下へ歩を進める。コーンディッチの在庫は百をくだらない数を収穫していた。それでもこの群生地の四割も収穫していないのだから全体の量は途方もない。
今日は依頼の倍くらいの納入で止めておこうかな?
そんな事を思えるくらいイェスディンはそこかしこに生っていた。後、同数をオークステークに寄付しようか。ついでに教会も倍くらい持って行こう。収穫量は適当にする。パイナップルは美咲も好きな果物だしな。保存にこれ以上適切な物はないぐらいの物をいただいているし、美咲が来たら食べさせてやりたい。
そんなことを思いながらイェスディンの収穫を張り切って始めた
やり過ぎてしまった。
食べ頃の時期のイェスディンを三百、収穫時期の物を二百収穫してしまった。
当たりは日が傾き、家に帰るカラスが鳴いている。
それでもイェスディンは減った感触がなく、まだまだそこかしこに生っていた。・・・・・・ここらが引き際だろう。
急いでエルさんのいる門まで戻ってくると、エルさんが手を上げて迎えてくれた。
「そろそろ閉めようかと思っていたところですよ」
そう笑いながら伝えてくれるエルさんにお詫びとして食べ頃のイェスディン二個とコーンディッチ五本をあげると諸手をあげて喜んでくれた。妻子が好物らしい。しかも、ちょうど五人家族で割り振るにしてもちょうど良い量らしい。
こちらも門を開けておいていただいたからその事にお礼を言って別れる。
先に行くのはアモンドのおっちゃんだ。二回買い物をしただけなのに顔を覚えていてくれたのか、俺が依頼書の倍を納入すると買い取り価格の他にナシリゴーをいくつかくれた。気に入っていた事がバレていたらしい。
話していると、木の実好きが長じて木の実の露天を始めたらしく、じゃあ、と言うことで食べごろのイェスディンを取り出して二人で舌鼓を打った。・・・・・・やっぱりパイナップルだった。
その外に話の流れでチョコレートがある事がわかり、ベリナナにチョコレートソースをかけたいというと、帰りにそのレシピをおっちゃんが商いギルドに代理で提出してくれることになり、俺は名を名乗ることになった。・・・・・・何が功を奏するか分かったもんじゃないなと思う。そんな一幕だった。
互いに礼を言い合って別れ、今度はギルドへ向かう。ギルド内にもうミシェルさんの姿はなかったが、何も問題が起きずにチノミーとコーンディッチの納入が終わり、この日の依頼の全てを完了で終わらせることができた。ちなみに、アモンドさんに納入する直前でアイテムポーチの事を思い出したので、珍しい、ポケット型のアイテムポーチと言うことで自在倉庫の隠れ蓑にしておいた。このアイデアもおっちゃんが商いギルドにレシピ登録してくれると言っていた。・・・・・・本当に、良い人しか居ないな。ここは。俺も彼らを見習って善行を積まなくては。
宿に帰り着くと、アモンドさんが脳裏に過ったことも手伝って食べ頃のイェスディン二十個とコーンディッチを五十本寄付しておいた。一回断られたが更に押すと嬉しそうに受け取ってくれたので最初の断りは社交辞令だろうと思うことにした。
その日の夕食には塩茹でされたコーンディッチが振る舞われ、暇なときにコーンディッチを収穫してきて欲しいと言われたので快く請け負った。
明日は朝イチで教会に言ってイェスディンを少々とコーンディッチを残り全てを放出してからコーンディッチを今一度収穫してこようか。それとも町を見て回るのも良いかも知れない。そんな事を考えつつ、俺は夢の世界に旅立つのであった。
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