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 買い物を切り上げて宿屋に向かう。雑貨屋を出てみたらもう既に陽は天辺近くだったからだ。  大通りから食堂オークステークに入ると、一種の緊張を孕んだ雰囲気に出迎えられた。  何事かと思い辺りを見渡すと、一人、見覚えのある男がいた。ヤイガニーさんだ。  ヤイガニーさんは俺に気付くと、同じテーブルに座る、黒いマントを纏ってこちらに背を向ける人物へ何事か囁いていた。俺が帰ってきたのを伝えたようだ。  ヤイガニーさんの報告を聞き終えると、その男はきびきびとした立ち振る舞いでこちらに向き直った。 「お初にお目にかかります。御使い様。私はこの地を治めさせていただいております、ガンジュール=レインフェルトと申します」 「あ、はい。初めまして。凩 一と申します。以後、お見知り置きを」 俺が応えると、ガンジュールと名乗った人はニカッと、今までの堅い雰囲気をぶち壊すように笑顔になり、俺に近づいて早速握手を求めてきた。触れた感じ、大分年を経ているようだがそれを感じさせない力強さを持っている。  その流れでガンジュールさんが座っていた隣の席を勧められ、そのままブドウジュースを勝手に頼まれた。何がなんだかわからない。 「いや、今朝の教会の事を聞きましたぞ!何でも我が領地特産のイェスディンを三十個も寄付していただいたとか!更に食べきれないほどのコーンディッチまで!ありがたい限りです!・・・・・・あ、ここの食堂のオススメはマルディンのサイコロステーキとマルディンでデミグラスソースで煮込んだシチューですぞ!店長!持って来い!」 「へぃっ!!」 握手の手を離してくれないので、悪意が全くなく、心から俺をもてなそうとしてくれる心意気がわかる。  店長からもこの人に対して信頼を置いているような声音で反応しているし、改めてこの人は領地に対して善政を敷いているのだろう。  暫しのあいだ歓談して、ガンジュールさんは領政があるのでと帰って行った。本当に会いたかっただけらしい。今度美咲が来たら領主の館の方へお土産を持ってお伺いしよう。何となく、お金の心配をしている節が有ったしな。 「あぁ、これで、ようやっとこの町も報われたと言うものだ」 領主の館、その執務室で眉間に深い皺を刻んでガンジュールは深いため息を付いた。それを聞くのはヤイガニーである。 「そうですね。苦節十年、善政を敷き、治安改善に務めた甲斐がありました」 ヤイガニーは遠い目をしてガンジュールの呟きに答えた。 「やはり、シミュリストル様は我々の行いを見ていて下さっている。御使い様を初めて御遣わしになられたのがこの地なのだ。これまでの政は間違っていなかった。そう、思っても良いのだろう、か・・・・・・」 「ハジメ様を御遣わしになられたのがその証左でしょう。他の貴族にバカにされても、ガンジュール様が行われた事は、シミュリストル様が肯定なさられております」 少しの事で弱気になりそうなガンジュールをヤイガニーは宥めるように奮い立たせる。 「しかし、今月に入って国から支給される金が落ち込み、税を十パーセント御上げになるとは・・・・・・。王よ、いったい何をお考えであれせられる?」 「当面は蓄財を切り崩して対応できるでしょうが、それも数ヶ月と言ったところでしょうか。そうなると、やはり民への税の値上げを断行せざる負えませんね」 「王への使いはどうしている?そろそろ戻ってくる頃であろう?」 「それが・・・・・・大変言いにくいのですが、昨日、領地の西の端にて死体で発見されました」 「何だと!?」 「更に、その死体が所持していた物品にこんな物が・・・・・・」 驚くガンジュールに、ヤイガニーは震える手で懐から紙を取り出し、ガンジュールの前にある机に置いた。受け取ったガンジュールは一度読み、二度読み、三度読んだところで天井を仰いだ。 「我が領が教国の教えを違え邪教に入ったとして我が領を破門し、国は教国の軍を受け入れるだと・・・・・・」 「いかが致しましょう?」 「考えが・・・・・・思い浮かばん・・・・・・。明日、教会へ行ってくる。気休めにしか成らんだろうが、シミュリストル様へ助けを乞うてみよう。一昨日、御使い様に啓示が有ったって言うし、もしかしたらまだシミュリストル様が御滞在なさっておられるかもしれん」 一瞬ガンジュールの脳裏に御使い様へ助けを乞うて見るかとも過ったが、それは御使い様の使命の邪魔だと思い直し、真っ白になった頭のままガンジュールは寝室へ向かった。昔は煌びやかに飾られていた、今は伽藍堂の廊下を通って。
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