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 まるで、世界が虹色に彩られているようだ。  茨城 美咲という俺の幼馴染に連れられて繰り出した夏祭りの帰り道。俺は積年の思いを伝え、美咲はそれに対し最高の声音で答えてくれた。  そう。今日というこの日、念願かなってお隣の幼馴染と友達関係を終わらせて晴れて恋人同士になったのだ。 「ふっつつかっ者ですがっ、よろしくお願いおじゃりまするっ!」 その時に答えてくれた言葉はきっと、生涯忘れることはないだろう。  ――だが、どういう事だろうか。  『ぶぅん』という耳慣れない音がしたかと思うと、先ほどまで聞こえていた美咲の声や雑踏の賑わいが消えてしまった。  警戒し、辺りを探るが何者の気配もしない。 「パンパカパーン!」 「うおっ!?」 俺が固まっていると、正面やや下から唐突に明るい声が響いた。思わず右足を振りぬいてしまう。  確かな感触と軽い抵抗、そして女性物のヒキガエルのようなくぐもった悲鳴が尾を引きながら聞こえてきた。 「で、出合頭に蹴り上げるとかひどくない!?」 「あ、あぁ、すまなかった。驚いた拍子に足が出てしまったみたいだ。申し訳ない」 しばらくゴロゴロと床を転がる音と共にうめいていた声は、ようやっとの事で調子を取り戻すと、非難するように俺に向けて声を上げた。その声に応じて謝罪すると、気勢をそがれたように数舜沈黙があった。 「そんなに平になって謝るなんて殊勝な心掛けね。益々気に入ったわ!ちょっと前から見ていたけど、これほどの逸材はまたと無いわね!」 「はぁ・・・・・・」 一人で頑張ってテンションを上げる女性に、俺は曖昧に頷くしかない。 「そんな事より、ここはどこでしょうか?できれば早く元の場所に戻ってみさ――連れと一緒に居たいのですが」 「そんなどうでもいいことよりっ!あなたは夢と希望の満ちる剣と魔法の世界にご招待いたします!そっちでは自由に過ごしていただいて構いませんよっ!」 俺の言葉に、女性は誇らしそうな声音でそう宣う。 「どうでもいいことだと・・・・・・?」 「えぇ、えぇ!わたくしが作りし彼の地に行けばハーレムなど作り放題!こんな素晴らしい世界などまたとありませんよ!」 「ハーレムなどどうでもいい。帰してくれ。俺には美咲がいれば他はいらん」 「えぇっ!?わたしが作りし彼の地に興味を持たれないなんて・・・・・・話が違います!」 焦ったように声を上げる女性。 「何の話が違うのかわからないが・・・・・・早く帰してくれ」 自分勝手な物言いに俺は表情の筋肉を動かさないよう注意しながら、静かな声で促す。 「・・・・・・です」 「ん?」 ややあってから、か細い声で口ごもる様な雰囲気で何事かを呟いたので聞き返す。 「帰せないんです!こうなる事を予想していなかったし、わたしの能力的にも送還魔法を組み込めなかったんです!」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 使えねぇ奴だな。こいつ殺せば戻れるか?  兎角、仄暗い考えが胸中で渦巻くが、それを抑えてあきらめに近いため息を吐く。 「わかった。取り敢えず、再召喚にはどれだけ時間がかかりそうだ?」 「再召喚ですか?それならそこまで力を使わないので1ヶ月くらいです。発動させるだけなら今も出来るんですけど、関係する神様に申請して、対象を見定めて、周りに影響がないように調整してから承認が降りてそこから発動になるので1ヶ月くらいかかります」 「そうか。承認されるかわからないが、美咲ーー茨城 美咲を呼べるかどうか申請してくれ。美咲が来ないようなら、死んでやる」 「じ、自殺はやめてください!初めての召喚申請だったので100年も審査を受けたんですよ!?それであなたが自殺でもしたら召喚申請自体が禁止されてしまいます!」 ほう、自殺はあの女性に対して宜しくないことなのか。 「知ったことか。お前は俺によく分からない事をして人生を滅茶苦茶にした加害者で、俺は被害者だ。俺はやりたいようにやる」 「その点は本当に申し訳有りません!後生ですから自殺だけはご勘弁をっ!生き抜くための特典並びに、美咲さんという方は近くにいた髪の長い女性ですよね?彼女の召喚申請も取り付けて見せますからっ!」 胸元あたりから聞こえていた声が更に低くなりながら、俺の言葉に彼女はすがりつくように言い募ってくる。  ここらが潮時か。そう思い、俺は仕方なしに了承の意を女性に伝える。 「そう言えば、お前の名前は何だ?」 今まで忘れていた自己紹介をしようと思い、自分の名前を晒した後に尋ねる。 「わたくしはシミュリストルと申します。地球の概念で例えるなら、神と思っていただいて結構ですよ。地球の管理者とは懇意にさせて貰っていて、地球の技術力をわたくしの世界に広めたいと思い、地球の管理者と掛け合ったんです」 低くなった発声の場所から、丁寧に事のあらましを教えてくれた。 「技術・・・・・・技術か。なら、早めに美咲を呼んで貰った方がいいかもな」 「へ?・・・・・・それはどうしてでしょうか?」 「俺は目が見えないからな。触って確認するのが殆どだ。生活もそれに準じてるから技術方面には疎い。その点、美咲は家事全般や色々な知識がある。ちょっと前から見ていたならそれぐらい分かるはずだろう?」 俺の言葉に、女性ーーシミュリストルは沈黙で応えた。 「・・・・・・そ、そう言えば、外へ出かける際によくあの髪の長い女性と手をつないでいましたがーー」 「美咲が先導してくれていたんだ。最近は一人で出歩けられるくらい気配の察知に敏感になったがな。それでも一人で歩くときは白杖が手放せん」 「でもでも、此処一ヶ月くらいは白杖使ってませんでしたよねっ!?」 「夏休みだからな。美咲が休みになると誰に言われるでもなく介助してくれていた。家の中ではどこに何があるか分かってるから白杖使う必要もないし」 最近見ていたと言うのは此処一ヶ月くらいの事らしい。  俺が答えると、呻きながらシミュリストルは沈黙した。 「も、もしかして、凩 一さんと茨城 美咲さんって、同時に産まれたとかありませんよね?」 「ん?どうしてそれを聞くんだ?」 どうしてその事を知っているのだろうか。  俺ーー凩 一(こがらし はじめ)は茨城 美咲(いばらき みさき)とは産まれたときからの幼馴染みだ。その一致具合は秒まで突き詰められるらしい。ついでに、産まれた病院は同じ病院で、住んでいるのはお隣同志。元々友達グループの両親たちが同時に妊娠したこともあり、産まれてこの方17年ーー後二日で18年か。ーー、家族ぐるみで行動を共にしている。俺達子供からすれば両親が二人づつ居るような感覚だ。小さいコロには気分で寝る家を変えていた時期もあったくらいだ。  否定しなかったことで確信を得たのだろう。もう一度、シミュリストルはこれでもかと言うくらい床に発声場所を近づけて謝ってきた。  何でも、前世、前々世、前々前世くらいまで遡って愛し合った魂は、その証というか今背も愛し合うと神に宣言するため同じ場所で同時に産まれることがあるらしい。  前世の記憶はないが、それを聞いて俺は押し黙るしかなかった。  嫌なわけではない。逆に喜びの余り奇声を発しそうなのを押し黙ることで堪えたと言っていい。・・・・・・頬は綻んでないだろうか。
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