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何度、雪が村に降っただろうか。
その間に終戦を迎え、深冬は年頃の少女になった。
正月が明け、初めて雪の積もった日、傘を差して深冬は村の墓地へ向かった。
――おい、こんな所に樹なんてあったか?
――彰さんが植えなさったんだってね。
――死んでまで村のことを考えてるなんて、あの人らしいねぇ。
純白の雪に覆われた小さな墓地の真ん中に、赤い花を咲かせた常緑の樹が一本立っている。彰の葬儀の日には深冬の背丈ほどだった樹は、今は大きく手を伸ばした位の高さにまで成長していた。
足跡もない新雪の上に、可憐な椿の花が点々と落ちていて、寂しかった冬の墓地に華やかな色を添えている。
戦場で、おびただしい血を流して死んでいった者の弔いのために。
そして、雪は嫌いとごねていた深冬を、墓の下から楽しませるために。
父の優しさを改めて知り、深冬は彰を殺したよその国の人を憎むことはよそうと思った。この国の人が流したのと同じく、彼らもまた血を流し、悲しんでいる家族がいるのだから。
「今は、雪が好き。お父ちゃんといた、大切な時間に戻れるから」
傘を畳み、墓石から雪を払った深冬は、あの頃は父に渡せなかった手袋を供えて、手を合わせて冥福を祈った。
音もなく、雪花は降り続く。
まっさらな冬の世界が、流れた血も零れた涙も清めていく。
この世は哀しみに満ちていて、こうして天からの弔いの花は、絶えることがないのだろう。
消えない傷を癒す、春告げの鳥が鳴くまでは。
<了>
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