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「引きちぎってやりたいけれど――そんなことはしないよ」
指先に一瞬だけこもる殺気と
不釣り合いなくらい優しい声音。
「今更退けない——君への愛は今や僕のすべてなんだよ」
「すべて……?」
「そう。君の重荷になるからいつもはこれ以上言わない。でもね和樹――」
九条さんは美しい両手で愚かな恋人の頬を包み
囁くように言葉を紡ぐ。
「君の呼吸に合わせて生きたいほど僕は君を愛してる」
「九条さんっ……」
こんな僕が肯定され
優しく抱きしめられあるがまま愛されている。
「だから本当なら君のすることはみんな間違っていないと言ってやりたい。でもそれができないからせめて——」
そして落とされるキスと言の葉。
「僕はどんな時も君の味方だということを忘れないで」
彼がパウダールームを出て後ろでドアが閉まるまで。
僕は微動だにできず鏡の前に立ち尽くしていた。
これから起ころうとしている惨事に
飛び込めるくらいに早く——せめて呼吸をしなければ。
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