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あえて堅苦しいディナーではなく
カクテルパーティーにしたのは正解だった。
誰もが自分の居場所を自分で確保できるから。
若き当主は冷酷な素顔の上に良きホストの仮面を被り
あちこち気配りしながら時には求められるまま少年のような笑みさえ見せた。
人嫌いのバイオリン弾きは言葉を交わすよりはマシだと言わんばかり。
シャンパンをあおる傍ら気まぐれにバッハやパガニーニを奏でていた。
愛こそすべてという聖人は——嫌な顔一つせず——それでもきっと上の空でビジネスや政界の話を聞いている。
そして――天宮貴恵はというと。
「マネもミュシャもあなたがいない時代に生まれたというだけで悲劇だ」
「晩年マネは梅毒に侵されて片脚を失っていたと聞きましたわ。本当の話かしら?」
「ええ。『フォーリーベルジェ―ルのバー』を描いた頃は外出もできずスタジオにセットを作らせていたと」
「確かこんな黒いドレスの女性がモデルの絵ね」
「ええ。でも断然あなたの方が美しい」
インテリぶった坊ちゃん連中に囲まれて
軽薄な芸術談議に花を咲かせていた。
確かに胸元が深く開いた黒いドレスを纏った我が家の紅一点。
首筋を彩るのはパールとレースを施したアンティークのチョーカー。
ドレスの裾からのぞく細い足首と。
耳たぶまでふんわりと綿菓子のように白い肌。
「何か欲しいものは?」
「薔薇を?」
「シャンパン?」
「それとも宝石?」
「そうね——私の欲しいもの」
男なら誰しもちやほやしたくなるほど申し分なく美しい。
ただしたった一人夫になった男を除いて——。
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