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思いのほか落ち着いた表情で冴木はコクリと頷いた。
心を決めてきたのか——?
それとも初めから僕との約束など守る気がないから?
「お姉様には見向きもされてないもんね」
さりげない嫌味にも薄く口端を持ち上げるだけで
いつまでも輪の中心でマネのミューズより崇められている悪女を見やる。
「約束は覚えているだろう?」
「もちろんさ。僕から持ちかけたんだもの」
派手なカクテルグラスで顔を隠すようにしながら僕はちょっとだけ笑った。
「医師の診断書受け取った?」
「ああ。証拠もお嬢さんの指紋も取れてる——しょっぴけるさ。この場でね」
「わお、頼もしいこと」
冴木の前を通りかかったウェイターが足を止め
にっこりグラスを差し出した。
「自分は……」
「存じております。ノンアルコールですのでご心配なく」
勤務中と知ってか。
差し出されたのは強面には似合わないシャーリーテンプルだ。
「可愛い」
「おちょくるな」
耳の元に囁くと
冴木は険しい顔つきのままザクロ色したカクテルを口に含んで言った。
「それに——おまえ笑ってる場合じゃないんじゃないか」
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