上がらない温度

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上がらない温度

それから、毎朝何度もトナカイさんを見た。 あの日からずっと、門をくぐって1年と2年で別れる校舎の道までくると手袋を外す。 トナカイさんは見られてないと思っているのだろうが、私はいつもそこまで見てしまっている。 不思議すぎる。 トナカイさんの後ろを歩いていてもトナカイさんが振り返ることはなくなった。 ……というか、あの日だけだった。振り向いたのは。 別に、忍び足で歩いているわけでもない。普通に歩いているから気付いてはいるはずなのに。振り向いてくれない。 いや、振り向いて欲しいわけじゃないんだけども…… あんなに口悪く喧嘩っぽくなったのに、次の日にはシーンとするなんてなんか、私なんかしたかな?ってなるじゃない。 「ねえ?実花。どー思う?」 「なにが?」 お昼休み。実花と机をくっつけてお弁当を食べる。 「こんなに毎日クソ寒いのになんでマフラーも手袋もしないわけ?」 「んー?まあでも今の人結構いるよ?マフラーと手袋、ダサいーとかいって。」 「でもさ、べつにかっこつけでしてないわけじゃないんだって。ほかになんの理由があるとおもう?」 実花は考え出した。 「んー…」 やっぱわかんないよなあ。 「ちなみに誰の話?」 へ? 「誰かの話でしょ?私の知ってる人?」 えーっと…… 「トナカイさん……」 「トナカイ?何の話?」 名前なんだっけ? 「あ、たくとだ!たくトナカイさんだ!えーっと……あ、あや……あ」 「もしかして綾瀬拓人先輩?」 「そう!その人!」 ん? 「え、実花知ってる人??」 「知ってるっていうか、うちのサッカー部よ」 マジか。そりゃ知ってるわ。 「なに、逆に梨花知ってるの?」 「うーん……知ってるというか、通学路が一緒なんだよね」 「ガチ?!うらやましーっ!!」 う、うやらましい?? なんでよ。え、もしかして。 「え、実花あの人のこと好きなの?!?」 嘘でしょ!? 「は?」 「え?」 え?? 「な訳ないでしょ。私には界人がいるのに」 「かいと??ああ!樋口くんね、そうだそうだ、忘れてた」 そうじゃん、実花には樋口界人っていうサッカー部の彼氏がいるじゃないの。 すっかり忘れてたわ。 「忘れないで。あんなやつでも一応まだ付き合ってるのよ」 一応って……。 「え、そしたら、でもなんで羨ましいの?」 「拓人先輩イケメンじゃない!だから、イケメンと同じ道をいつも歩いてるなんて羨ましいなあって」 イケ……メン……? 「え?」 そうだったっけ? ていうかむしろいつもほとんど背中しかみてないし、顔見える時はいつも真っ赤なお鼻のトナカイさんで。 よく顔みたことなかった……。 「え?じゃないわよ、知らないの?」 「知らない……」 「じゃあなんで、え?拓人先輩がどうしたって??」 そんなにイケメンだったのか……。 「いや。なんでもない。実花からもらったカイロその人にあげただけ」 2個だけね。 まだ3つ、私のコートのポケットの中に入ってる。 「は?!」 どうやってあと3個渡そうかなあ。 「ちょ、どういうこと?!」 うーん……やっぱり投げつけるか?それともコッソリポケットに忍び込ませるか? いや、そんな高等テクニック私は持ち合わせていない…… 「梨花?!聞いてる?!!」 「っ……」 うるさ! 「なに?!耳元で叫ばないでよ!」 「アンタが返事しないからでしょうが!なんで拓人先輩にカイロあげたの?!」 なんでって…… 「寒そうだったから。」 それしかない。 「ん??え??ちょっと私追いつかない。え、知り合いじゃないんだよね??」 「知り合いじゃない。」 知り合い…ではないよね、うん。ただの道端にいた寒そうな人。と、ちょっと会話しただけ。 「知り合いじゃないのにどうやってカイロ渡すのよ?!」 「え?うーんと、押し付けた?」 投げつけたなんて言ったら、さすがに先輩だから、ねぇ?やめとこ。 「押し付けたあ?!ますますわからなくなってきたよ私。え??どゆこと?」 「だーかーら!目の前に寒そうな人がいたから、たまたまポケットにあったカイロなげ……渡したの!それだけ。」 それだけよ。 「それが拓人先輩?」 「そう。そう名乗ってた」 たしか。うん。記憶が正しければ、ね。 「いやもうわからないから。それ。今日の部活のときに拓人先輩に聞くことにするよ」 あ、そうか。 あの人サッカー部なのか。だから、いつもは下校中に見ないのに雪で部活休みになって早く帰ってたからいたんだ。 なるほど。 「あ、ねえねえついでにさ、何でマフラーしないのか聞いてきてよ」 「マフラー?なんで?」 「気になるから。」 「んーじゃあ覚えてたら聞いとくよ。」 「よろしく」 キーンコーンカーンコーン……♪ 「げ。次英語じゃん。寝よ」 「あれ?今日小テストやるって言ってなかったっけ?」 え?! 「うそ!聞いてないよそんなの!」 「あれ?今日じゃないっけ?10日って言ってたような気が……」 ノートに日にち書いてたはず!! 私はロッカーから英語のノートを引っ張り出して確認する。 前回書いたページの1ページ前の1番上に"ココ10日テスト!!"と何重にもかかれていた。しかも堂々と赤丸で囲って。 しくった……。 てかそもそも持って帰ってないし……そりゃ見ないわ。 「私終わった。あと5分で全部覚えられる気がしない」 よりによって単語長いやつばっかの日に!! 何してんだ私!! 「授業ちゃんと受けてればそんなことにはならないのよ〜さ、諦めてないで一個でも覚えなさい」 実花は余裕だなあ……あの子英語だけは得意なんだもんなあ。 ってやばいやばい!! 「え〜っと……?」 考えたながらふいに外に目を向けるとグラウンドに2年生が出てきていた。 あ……トナカイさん…… 3階からみてもわかる。あの人はトナカイさん。 うちの高校だと長ズボンを履いてる人少ないけども、それでもやっぱりハーフパンツじゃ寒そうだよ。 私は寒がりだからダサくても長いの履いちゃう。 上は体操着の上にジャージ着てるけれども。 それでもやっぱりあなたはどうしてそんなにいつも寒そうなの……。
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