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〈 家電の値段 〉
お秘めさま1〈 家電の値段 〉
唯(ユイ)は怒っていた。
野菜スープメーカー、なんでそんなに高いものを買うかなぁ?
昨夜、芳樹(ヨシキ)が、ぽろっと言ったのだ。
野菜のスープを作ったときにね、あ、野菜スープが簡単に作れる機械を買ったんだけど、それを使うと、アスパラガスでもカリフラワーでも、なんでも美味しくポタージュになるんだよ。
へーぇ、そうなの。
良かったね。
それ、おいくら万円するの??
え、じ、十万円くらい?
買うまでに、結構迷って、何ヵ月も悩んで...、ほかの商品とも見比べて、やっぱりこれかな??っていうやつ。
ふぅん、良いお値段するのね。
それ、誰がスープを作ってくれるの??
よ、嫁?
「ふっざけるなよぉ!!
わたしと一緒にいるときに、嫁を連想させる話をするなっつったろう!?」
ドゴンっっ、と拳をテーブルに叩きつけたい。
わたしは淑女なので、そんなことはしないけれど、全身からは殺気だったオーラが立ちのぼっているはずだ。
ごめんごめん、唯ちゃん、ゴメンよぉー
と、芳樹が平身低頭で謝る。
目の前の生パスタが冷めるので、芳樹には構わず口に運ぶけれど、正直、もう味もしない。
あのね、わたしは、奥さんの気配を感じてお怒りなんじゃないの。
あなたが、そんなお高い家電を買うっていうところに、絶望しているの。
それってさ、わたしからすると、家庭の存続の宣言なのよ。
あなたは、わたしを愛してる愛してると言って、愛してくれているよね。
それは、もちろんわかっているの。
でも、同時に、わたしのことを、なんとしてでも、おのがものにはしようとしないんだよね。
いまの嫁との生活の彩りに、野菜スープをつくる高額の機械を買っちゃうんだよね。
それは、その家庭の存続を前提にしているから、安心して高価なものを買えるんだよ。
わたしなんか、いまの家庭をいつ撤収するかしか考えていないから、掃除機ひとつ、新しく買えないよ。
半年前に、ハンディクリーナー壊れて、実母には新しくしなさいって言われているけど、買う気にならない。
ルンバと、旧式のデカイ掃除機と、ほうきとちり取りセットでしのいでいる。
本当は、使い勝手のよい、マキタのコードレスがほしい。
でも、いまの家に、新しいものを備え付けようとか思わない。
まだ、子どもたちがいるのだから、新しくて便利なものなら、どんどん導入すればいいのに、なんだか出来ない。
わたしが、せいぜい2、3万円のコードレスクリーナーを買うのを躊躇っている間に、恋人は嫁との城に野菜スープメーカーを導入した。
ギリィ、と奥歯を鳴らして、不穏な空気を漂わせるわたしに、芳樹がおずおずと言った。
あの、わたし、ほら、持病もあるし、医者からたくさん薬も飲まされているから、せめて食生活は少しでも良くしたいな、って、思って。
そうだよね、芳樹タンが長生きしてくれるのは、わたしも嬉しいよ💓
でも、唯タンは、奥さまの話なんか、耳にしたくなかったなぁ!!
せっかくの生パスタが、不味くなっちゃったなぁ!!!
どーしてくれるんだよ、ゴルァ⚡
足を踏み鳴らして、ガルルと威嚇したい。
だけれどわたしは淑女なので、不貞腐れるに留めた。
おまえなんか、世が世なら、打首獄門じゃ。
どうやって機嫌を持ち直したのか、覚えていない。
芳樹がシュンとして、何度も謝ってくれたので、それを更になじっても仕方がないとおもった。
その晩は、駅で早々と解散した。
おそらく三日間ほどは、胸糞悪い思いをしていたようにおもう。
でも、三日くらいで怒りは治まるのだ。
私たちが結婚できないのは、付き合いの最初の頃に悟った。
泣くほどイヤだったし、何度も芳樹をなじったし、芳樹にも「唯を幸せにしてやれないから、別れよう」って言われた。
でも、なんだか別れたくなかった。
なんで、わたしがあなたから言われて別れなきゃならないの?って思った。
実際にはいろいろあるんだけど…
男と女なんて、関係性がすっかりエクスパイアしたら、なんの苦もなく別れられると思う。
それならば、私たちが別れるのは、いまじゃないよね?
もっと一緒にいたい。
芳樹といると、こどものように素直でいられる。
ずっと一緒にいたい。
せっかく見つけた、たったひとりのひとだから。
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