第九章「一本の棘」

3/8
前へ
/223ページ
次へ
「そんな男とキスなんかする私も大概だけど」 「…お前」 新谷君の表情がみるみる険しくなっていく。恐怖を抑えるように、グッと拳に力を入れた。 「あんた一回、私を捨てたでしょ?私と付き合ってる時に美園と寝たんでしょ?よく今度は幸せにするとか言えるね」 「…お前、何がしたいんだよ。俺への復讐?」 新谷君は汚らわしいとでも言いたげに、自分の口元を手の甲で拭った。 「…ホント、何がしたいんだろうね私」 彼から離れて、側にあったイスに腰掛ける。 「ごめん。美園が許せなくて、新谷君を利用しようとしたの。新谷君を奪えば、美園が悔しがるかなって」 新谷君は怒りに顔を歪ませていたけど、暫くして呆れたように溜息を吐いた。 「だとして、お前何でそれを俺に言うんだよ。バカか」 「…バカだね」 「美園みたいな強かな女に、お前が勝てる訳ないことくらい、少し考えれば分かるだろ」 「ねぇ…新谷君」 下唇を、キュッと噛む。 「付き合ってた時、私のこと好きだった?」 新谷君は一瞬驚いたように目を見開いて、それからまた呆れた表情をした。 「好きじゃなきゃ、付き合わないだろ」 「…そっか。うん、そうだね。私も好きだった、新谷君のこと」 立ち上がって、彼の正面に立つ。 「こんなことして…本当にごめんなさい」 ギュッと目を瞑って、深々と頭を下げる。溜息の後、新谷君に「もういいから、顔上げろ」って言われておずおずと顔を上げた。 「バカだな、詩は」 「…うん、ごめん」 「でも俺も、そんな所がいいと思ったんだよな」 「…」 「悪かった、詩」 目を伏せた新谷君に、堪らない気持ちになる。私の身勝手な復讐心が、傷付ける必要のない彼を、傷付けてしまった。 「騙されて腹立ったけど、最後に話せたから許してやるよ」 「なによ、偉そうに」 私達は互いに薄く笑いながら、手も振らずに別れた。彼の部屋を出てからも、やるせない気持ちのやり場がなくて。 中途半端な自分に心底嫌悪しながら、何も考えたくなくて部屋に戻ってそのままベッドに寝転んだ。
/223ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2695人が本棚に入れています
本棚に追加