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やっと話が出来たという安心感なのか、少し打ち解けた様だ。空知さんは楽しそうに昔の事を話すが、俺は少し気になっていた。
それは俺が空知さんの記憶がほとんど無い事だ。この事を話すと空知さんは多分傷ついてしまうに違いない。
今の状況だと空知さんの話を聞くしかない、その話から少しでも記憶が蘇ればと思っていた。
「それで皓太くんはバスケを続けているの?」
「えっ、あっ、あぁ……」
予想していなかった事を聞かれて曖昧な返事をしたので、空知さんは「?」という顔つきになる。
気になったのか詳しい事を聞こうとした空知さんだったが、タイミングよくスマホが鳴った。
空知さんは画面を見て慌てた様子でスマホに出ると母親だったようで、どうやら急いで帰らないといけないみたいだ。
「ごめんな、引き留めたみたいで……」
「いいの、すぐだから家まで、また今度お話出来るよね?」
寂しそうな表情で空知さんは真っ直ぐに俺を見るので、少し恥ずかしくなってしまう。
「あぁ、近くに住んでいるのだから話ぐらいいつでも出来るさ」
恥ずかしいのを誤魔化すように少し視線を逸らして少し高ぶった返事をしたが、空知さんは嬉しそうに大きく頷いていた。
「またね」
そう言って家の方向に走って行った。走り去る後ろ姿を見ながらやっと話せた満足感に浸っていた。
(さて、俺も帰るか……)
自宅に向かって歩き始めて、空知さんと実際に話して声や口調から改めて記憶を辿ろうとしていた。しかし結局、あの声に聞き覚えがあるようなないようなぐらいの記憶しか出てこなかった。具体的な記憶は出てこなかった。
(また、今度会った時に、話せば何か違う事で記憶がよみがえるかも)
あまり考えても仕方ないので少し楽観的に思う事にして、今回は実際に会って話せただけでも大収穫だったと思う事にした。
自宅に着く手前で学習塾に行く未夢と出会してしまう。
「お帰り皓太、遅いね帰ってくるの?」
「おう、担任と話をしていたら遅くなったんだ」
「そうなの、何かいい話でもあったの?」
「えっ、ないよそんなの」
未夢がおかしな事を言うので無愛想な声で返事をすると、未夢は疑った顔をして俺の顔をまじまじと見ている。
「ええぇ、だって皓太、嬉しそうな顔して、何か緩んだ感じだよ」
「そ、そんなことは無い……」
すぐにピンときた。ついさっきまで空知さんと話をしていたからだと気が付いた。
(ヤバイ、ここで捕まったら、面倒だぞ)
頭の中でそう判断して、未夢を早く行かせよと考えた。
「ほら、塾に行くところだろう、遅れるぞ」
「ああぁ、何か余計に怪しいなぁ……」
出来るだけ優しく塾に行くように促したが逆効果だった。しかし未夢はスマホで時間を確認すると残念そうな顔をした。
「また後で聞くからね!」
捨て台詞のように未夢は慌てて自転車に乗り塾のある方向に走って行った。
「よかった……」
走り去る未夢の後ろ姿を見ながら安心して思わず声が出てしまう。大きなため息をして疲れた表情で家の玄関を開けた。
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