入院

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入院

 ここは何処だ?気付くと僕は相変わらず真っ暗闇にいた。心が折れる隙もできぬ間に視界に一筋、二筋と光が差し込みたちまち眩しくて目を開けていられないほどになった。久しぶりの目覚めだった。目を開けると僕は仰向けに寝ていたようで真っ白な天井が目に入ってきた。   ここは何処かを確かめるために上半身を起こした。どうやら僕はベッドの上に寝ていたらしい。左手側には大きな窓があり、窓は開けられ白いレースのカーテンが穏やかな風邪に靡いていた。  病院?何年か前に祖父を看取った病院の無機質さとは違い、改装したのか新築したのかはわからないが、この部屋には温かみがあり最初はわからなかったが、やはり僕は病院にいるようだった。左腕に巻かれたチューブの先に点滴があったことに気付き、その思いは確信に変わった。   「あれ?目覚めたの?今先生に知らせてくるから待っててね。」 不意に声がして僕は驚いた。見回りだろうか、女性の看護師が僕のベッドの右前に立っており医師を呼びに行くと言って部屋を出て行った。辺りを見渡すのに夢中になって看護師さんが近付いて来ていたことに全く気付いていなかったらしい。しばらくすると医師がやってきた。聴診器を当てたり、喉の奥を見たり簡単な診察を終えた後、 「大丈夫ですね、もう少し安静にして体力回復に努めて下さい。」 と僕に告げると病室を出て行った。  再び1人になって辺りを見渡す。此処は2人部屋のようで僕とは他にもう一つベッドが置いてあった。使われている形跡はなかった。  一通り部屋の中を確認した後、窓の外をじっと眺めた。やはり、これが一番心が落ち着いた。窓の外に手を伸ばせば届きそうな気は無かった。病院の敷地に植えられた樹木は僕の視線よりもだいぶ下、周りの一軒家の家も下の方に感じられた。此処は5階か6階ぐらいだろうか。 「おや、順ちゃん気が付いたんだってねえ。」  聞き覚えのある声がした。母の母、祖母の久子婆さんだ。車椅子を介助の人に押してもらいやってきたようだった。そういえば久子婆さんはこの病院が運営する介護施設に入所していた。婆さんの後ろに続いて介助の人以外にもう1人病室に入ってきた。40代か50代ぐらいの男だ。僕が彼を怪訝そうに見ているのを察してか、婆さんは彼を僕に紹介した。高橋祥一と言い、弁護士だと言う。祖母の紹介に続いてよろしくねと、僕に挨拶をしてくれた。 「清田くんの息子さんなんだってね、たしかに面影がある。」  一瞬何のことか理解が追いつかなかったが、清田は父の名字だ。僕も数年前までは清田だった。最初は馴染まなかった佐々木と言う名字だが、清田という姓が自分の苗字だったという意識がすっかり薄れてしまったことに寂しさを覚えた。そのうち佐々木と呼ばれる事にも慣れ、松原という苗字も僕の意識から消えていくのだろうか。  高橋は父さんと生前親交があったらしい。それを母方の祖母が連れてきたのは不思議なことだ。 「小さいときお父さんと一緒に会ってるんだけど覚えてないかな?お父さんに君のこと紹介されたよ。名前だってほら確か…。」 ごほん!とわざとらしい咳払いをして久子婆さんが話を遮った。 「今回の件はすべて高橋先生に任せてあるから、順は何も心配しなくていい。」 何のことかはわからなかったが、曖昧に頷くと満足して行ったのか皆病室を出て帰って行った。また部屋にはポツンと僕だけが取り残された。
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