2:母

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2:母

 帰り道、迷いそうになりながらも何とか自宅まで辿り着いた。そのまま何も言わず家の中に入ろうと門に手を掛けた時、それまで無言だった溝口先生が突然口を開いた。 「佐々木くん、明日は学校に来るの?」 彼女が何を一番に心配しているのか、僕にはそれが手に取るようにわかった。行きますよと答えた時のホッとしたような笑顔が頭にこびりついて消えなかった。 溝口先生が去ったのを確認し、玄関の扉を開けて中に入った。靴を脱ごうと玄関の段差に腰を下ろした時、ふーっと思わず深い溜息を吐いた。振り返って辺りを見渡す。自宅と呼ぶにはまだ見慣れていなくて変な緊張がとれないでいた。  この家は母の家だ。正確には母と結婚した人の家だ。中学入学と同時に母に引き取られた。これも正確に言うと、「母の母、祖母に押し付けられた。」だ。  父さんの死後、僕は父さんの両親、所謂父方の祖父母に育てられた。けれど2人とも高齢だったから小学生の頃祖父は自立した生活が出来なくなり施設に入所した。祖父が居なくなって間もなく、祖母が亡くなった。祖母が亡くなった時、僕はどうなるのかとても怖かったのを今でも覚えている。  そんな中、祖母の葬儀の最中、何処からか母方の祖父母がやってきて、うちにおいでと僕を呼び寄せてくれた。それまで会ったことない人達だったし、始めはギコチナイ関係だったがやがて慣れていった。名字が変わったりと、ちょっとした違和感を感じる以外は穏やかな生活を送れることが出来た。そのうちその小さな違和感も消えていた。  穏やかな生活は長くは続かなかった。一緒に暮らし始めて間もなく、祖父が倒れてそのまま亡くなってしまった。あっという間の出来事だった。暫くは祖母と寂しいながら穏やかな生活を続けていたが、祖母も高齢の為段々と自立した生活が送れない状態になっていった。 小学6年の12月の時だった。母方の祖母の家、当時の自宅の自室で何をするでもなくボンヤリしていたところ、 「順くんやー降りといで。」 祖母の呼ぶ声がしたので降りていった。祖母は病気で見るような白い無機質なベッドに横たわっていた。久しぶりに見る祖母は酷く痩せ細り、一段と年老いたように見えた。こんな体でよく二階に届くような声が出せたなと思っていると不意に後ろから誰かの声がした。 「ほら、おばあちゃん。順くんが降りてきたよ。私はちょっと外してますからね。2人でお話しなさいな。」 さっき僕を呼びつけた声だった。そういえば祖母はもう殆ど寝たきりだった事を思い出した。祖母の声を忘れていた事を驚きはしたが、ショックは受けなかった。 「おばあちゃん、来たよ。」 僕が話しかけると祖母は僕の方を見て消え入る様な声で話を切り出した。 「私はもう自分で何も出来ない。でも順くんはまだ独りでは生きていけないでしょう。だからお母さんの元へ行きなさい。」 話は付けてあるとの事だった。今の小学校を卒業するまではここに居て、中学校入学と共に春に母の元へ行けとの事だった。今の友達と別れることになって寂しい思いをさせてごめんねと祖母は言っていたが、引っ越しが理由で寂しいと思うことは無かった。元々僕は独りだ。  ただ、母の元へ行くのがとても憂鬱だった。母は父さんと僕が小さい時に離婚していた。その理由は詳しくはわからないが、父方の祖父母はもちろん、母方の祖父母でさえ散々母の悪口を聞かされていた。どうしてそうなったかはわからない。
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